repair.97 『歪む因果と修理師の孤独』
崩落する通路を、瓦礫を縫うようにして駆け抜ける。リエイたちはついに、岩山ダンジョンの最下層に位置する「扉」の前へと到達した。そこは物理法則が崩壊し、重力を無視してマナが濃密な渦を巻く、異質な空間だった。
「……これが、因果の檻か」
リエイは眼鏡の奥の瞳を細めた。目の前にあるのは、数千年の時を経て魔力による風食を受け、歪みきった巨大な魔導門である。その中心部には、違法職人ゼノスが仕掛けたと思わしき「マナ抽出用アタッチメント」が、醜悪な寄生虫のように食い込んでいた。
「シエルを離せ。その人形が、扉を開く鍵なんだ」
背後から追いついてきた隠密部隊のリーダーが、焦燥に駆られた声で叫ぶ。だが、リエイには見えていた。彼らもまた、自分たちが引き起こした事態の全貌を理解していない。抽出装置はすでに暴走状態にあり、扉の向こう側に封じられていた「過去の廃棄された因果」が、現世の理を壊しながら漏れ出している。
「お前ら、下がれ。ここで何かが起きれば、この迷宮都市どころか、国そのものが地図から消えるぞ」
リエイは多機能ゴーグルのスイッチを押し、解析深度を「因果観測モード」へと切り替えた。視界を覆い尽くしたのは、無数の黒い糸が複雑に絡み合い、もはや解きほぐすことのできない「絶望的な故障」の光景だった。
かつてアナリストとして、そして修理師として向き合ってきたどんな破損よりも、それは救いようのない状態にあった。
「……直せないものはない、と言いたいところだが。おっさん、これ、一人じゃ無理だ」
『……案ずるな。我もおるし、この娘もおる。そして、其方を信じてここまで来た者たちがな』
アルス・マグナの言葉に応えるように、ノエルが自身の胸元にある特製のお守りを強く握りしめた。彼女はリエイの背中にそっと手を添える。その手は微かに震えていたが、瞳には迷いのない光が宿っていた。
「リエイさん。私を使ってください。私の魔力を、溢れ出すエネルギーを逃がすための出口に変えて」
それはリエイが提唱した「出口」の理論そのものだった。職人の技術と、彼を信じる者の想いが、絶望的な故障に立ち向かうための唯一の工具となった。




