repair.96 『銀の回廊と因果の点打ち』
迷宮都市の深部に潜む、王宮の隠密部隊。彼らとの戦闘は、かつての迷宮探索時代を含めても、リエイにとって経験したことのない過酷なものとなった。
敵が手にするのは、かつてアナリスト時代のリエイが解析し、ギルドに提出した技術を歪めて応用した「対人魔力中和兵器」である。本来、人の命を救うための解析結果が、今は牙を剥いてリエイたちを襲っていた。
「ノエル、ニーリル! 前方は任せた。私は通路の回路を直接書き換えて、奴らの足止めをする」
リエイは走りながら、魔法筆を振るった。白銀の床に、一条の光の術式が鮮やかに描き込まれていく。それは迷宮の構造そのものに干渉し、物理的な障壁ではなく、魔力的な「壁」を構築する高度な術式だ。頭上では、真鍮の天秤から昇華した結晶体、アルス・マグナが鋭い声を飛ばす。
『小僧、左側の接続部にマナが滞っておるぞ。因果の点打ちを三点。そこが奴らの攻撃エネルギーの供給源じゃ。見誤るなよ』
「了解だ」
リエイの指先には、ミスリル製の極微魔力修復針が握られていた。彼は「風景化」の加護を極限まで高め、敵の認識から外れながら、空間の特定ポイントへと正確に魔力を突き立てた。
一打、二打、そして三打。マナを「針」のように空間へ打ち込む古代の精密制御技術が、王宮の兵器が形成していた魔術回路を根底から狂わせる。
次の瞬間、回路が激しく逆流した。追手たちの魔導具が過負荷に耐えきれず、次々とアイテムブレイクを引き起こして粉々に砕け散る。だが、勝利を確信したその混乱の最中、傍らにいた自動人形のシエルが突然膝をついた。彼女の琥珀色の瞳が激しく明滅し、全身から制御不能な光が溢れ出す。
「……アクセス……拒絶。……深層からの、強制同期……。リエイ様、逃げて……扉が、内側から……」
シエルの核が、地下深くにある「因果の檻」と共鳴を開始していた。王宮の部隊が持ち込んだ中和装置の無秩序な干渉が、皮肉にも迷宮の最深部に眠る、触れてはならない巨大な魔力を呼び覚ましてしまったのだ。
空間が重低音を響かせて鳴動し、銀の壁に修復不能な亀裂が走る。その向こう側から、ドクン、という巨大な、そしてあまりに禍々しい心音が、迷宮全体を震わせながら響き渡った。




