repair.88 『禁忌の森と魔導具の墓場』
夜が明け、一行は黒い糸が示す指針に従い、さらに北へと歩みを進めた。目の前に現れたのは、迷宮都市の伝承でも「立ち入るべからず」とされる禁忌の森である。その境界を越えた瞬間、肌を刺すような粘りつく魔力の淀みが一行を襲った。
「……ここが禁忌の森か。空気そのものが腐敗しているようだ」
カドモンが魔導衣の襟を正し、警戒を強める。森の入り口付近、鬱蒼とした木々の合間に、異様な光景が広がっていた。そこには、数え切れないほどの魔導具が、まるでゴミのように山積みにされていた。
「これは……迷宮都市から回収された廃棄物ですか? それにしては、新しすぎるものも混じっている……」
ノエルが痛ましげに声を漏らす。山を成しているのは、日常使いのランプから、騎士団が使うような中級の魔導剣、さらには精密な観測機器まで多岐にわたっていた。リエイが多機能ゴーグルを起動し、その「山」をスキャンする。
「……最悪だ。カドモン、これを見てくれ。これらは単に捨てられたんじゃない。枯渇現象で機能不全に陥った道具たちを集めて、残った僅かなマナを『搾り取る』ための触媒として利用されている」
積み上げられた道具たちの間を、あの禍々しい黒い糸が血管のように這い回り、最後の滴までマナを啜り上げていた。道具たちは持ち主との絆を断ち切られ、ただの「搾りかす」として無残に積み上げられている。
リエイの脳裏に、道具たちが発する無音の悲鳴が響いた。それは、職人として、そして門番として、最も容認し難い冒涜だった。
「おっさん、手を貸せ。因果の遮断をやる」
『ふむ、小僧。これほどの数、一気にやるか。因果の反動は小さくないぞ』
「構わない……。こんな姿で晒し者にしておくのは、修理師のプライドが許さない」
リエイは腰のベルトから、黒光りする大型のレンチ――因果を回す門番の鍵を抜き放った。多機能ゴーグルの解析が限界まで加速し、山積みの道具たちの中心核を一点に捕捉する。
「眠れ。……もう、誰にも利用させない」
リエイがレンチを虚空に向けて一閃させると、無数の火花が散り、透明な波動が魔導具の山を駆け抜けた。次の瞬間、黒い糸が弾け飛び、山を成していた道具たちの微かな明滅が、一斉に、そして静かに消失した。全機能の完全停止。それは、二度と誰にも触れさせない、リエイなりの慈悲と弔いだった。
「……一瞬で、これほどの数の術式を、崩壊の反動を与えることなく停止させるとは。修理とは、ただ生かすことだけではないのですね……」
カドモンは、機能を失い「ただの物」へと還った道具たちの静寂を前に、戦慄に近い感情を抱きながら、リエイの背中を見つめていた。その横顔には、道具に対するあまりにも深く重い愛情が刻まれていた。
「……行くぞ。この先に、これらを『墓場』に変えた元凶がいる」
リエイはレンチを収めると、一度も振り返ることなく、森の深淵へと足を踏み入れた。




