Repair.87 『枯れた大地と見えない糸』
昨日持ち込まれた魔導ランプの芯を鮮やかに修復し、快い光を取り戻させた翌朝。リエイは多機能ゴーグルのレンズを丁寧に拭き上げると、工房の戸締りを確認した。
迷宮都市の境界を越え、王宮調査団のカドモンたちと共にリエイ一行が足を踏み入れたのは、かつて豊かな緑に恵まれていたはずの北方の丘陵地帯だった。しかし、そこに広がる光景は無惨なものだった。
「……ひどいな。昨日直したランプの芯どころじゃない。土の魔力が、根こそぎ奪われている」
リエイが膝をつき、一本の枯れ草に触れる。精密鑑定を働かせるまでもなく、植物の細胞内にあるべき微細な魔力回路は、まるで熱波に焼かれたように縮れ、修復不能なまでに損壊していた。
「リエイ殿の仰る通りです。ここ数日、この一帯の魔石や霊草から、何者かがマナを吸い出したかのように枯死が広がっています。我々の測定器では、その行方さえ追えませんが……」
カドモンが沈痛な面持ちで周囲を見渡す。リエイは無言でゴーグルの横にあるスイッチを押し、解析深度を因果観測モードへと切り替えた。
視界が白黒に反転し、現実の風景の裏側に潜むマナの流動が可視化される。そこには、常人には決して見えない、禍々しい黒い糸のような術式が、大地の奥底へと何本も伸びている。
「……見えたぞ。カドモン、これは自然な枯渇じゃない。この糸の先、特定の座標に向かって、強引にマナが牽引されている」
『ふむ、小僧。その糸の編み方、見覚えがあるぞ。……これは自然の摂理を無視した、極めて利己的な吸い出し術式じゃ。何者かが、この土地の未来を前借りして、一つの点に因果を集中させておるな』
浮遊するアルス・マグナが、珍しく不快そうに結晶体を震わせる。
調査は夜まで続き、一行は丘の中腹で野営を張ることになった。調査団の面々に疲れの色が見える中、ノエルが明るい声を出してマジックパックから調理器具を取り出した。
「皆さん、温かいものを食べて元気を出しましょう! 今日は星滴麦を使った、特製の携帯おやきを作ってみました」
ノエルが手際よく焼き上げたのは、星滴麦を粉にして練り、中に甘辛く煮た魔獣の挽肉を詰めたものだ。焚き火の熱でカリッと香ばしく焼かれたおやきが配られると、一口食べた調査団の魔導師たちが次々と目を見開いた。
「な、なんだこれは……。ただの携帯食じゃない。食べるそばから、枯渇した魔力が体の芯から湧き上がってくるようだ!」
驚く調査団の面々に、ノエルは少し誇らしげに、かつ丁寧に説明を加える。
「星滴麦の聖域のマナを、熱の循環で定着させておきました。栄養だけでなく、魔力の補給も兼ねているんです」
「ノエル、いい腕だ。これなら明日も動けるな」
リエイの言葉に、ノエルは照れくさそうに笑いながら、自分の分のおやきを頬張った。
しかし、焚き火の光に照らされたリエイの瞳は、依然として鋭い解析を止めていなかった。ゴーグルの隅に映る黒い糸は、夜の闇を突き抜け、さらに北の禁忌の森へと向かって、脈動を強めていたからだ。




