repair.75 『穿孔の魔矢と聖騎士の順応』
工房の喧騒を背に、広場の中央でニーリルが軽くステップを踏んだ。その身のこなしは風そのもので、重力を感じさせない。対するシエラは、腰に佩いた訓練用の木剣を抜き放ち、正対する。籠手がない分、その構えには僅かな隙があるはずだが、溢れ出る闘気がそれを補って余りある。
「いくよ、シエラさん! 瞬き禁止!」
ニーリルが杖を振るうと、詠唱もなしに無数の魔力の矢が形成された。それは単なる直進ではなく、空間を穿つような鋭い回転を伴っている。
「はっ!」
シエラは一歩も引かず、最小限の動きで魔矢を叩き落とした。木剣でありながら、その軌跡には聖騎士特有の白い輝きが宿り、魔力を霧散させていく。
『ほう、見事。因果の糸を物理的に断ち切る筋の良さよ。カイルよ、貴殿の同僚はなかなかに「硬い」な』
アルス・マグナが黄金の光を明滅させながら、審判席から解説を加える。カイルは腕を組み、真剣な眼差しで二人を見つめていた。
「ええ。彼女は防御を攻撃に転じるのが最も巧い。ニーリルの嵐のような攻めを、どう受け流すかが見ものです」
養成所の工事関係者たちは、文字通り仕事を忘れて釘付けになっていた。ノエルも「すごい……」と呟きながら、手に持ったお玉を握りしめている。
一方、工房の奥。リエイの作業台では、全く別の「戦闘」が繰り広げられていた。
「……しつこいな、この残滓は。回路の節々に食い込んでやがる」
多機能ゴーグルの拡大倍率を最大に上げ、リエイはミスリル製の極微魔力修復針を、黒い脈動の「核」へと突き立てた。普通の修理師なら、この汚染に触れただけで魔力酔いを起こすだろうが、リエイは門番の特性である「風景化」により、自身の存在を汚染魔力から隠蔽し、一方的に「構造干渉」を仕掛けていた。
「おっさんの理論を借りるなら、ここは『因果の点打ち』で、汚染の未来を今、この瞬間に固定して……切り離す!」
針の先から極小のマナが針のように打ち込まれた。次の瞬間、籠手にこびり付いていた黒い糸が、悲鳴のような音を立てて剥がれ落ち、用意していた封印瓶の中へと吸い込まれていく。
「……よし。次は再構築だ。シエラさんの魔力特性は、カイルよりさらに鋭利で、かつ循環が速い。なら、『出口』は三つじゃ足りないな。五つに増やして、冷却効率を跳ね上げる」
外では、ニーリルの豪快な笑い声と、シエラの鋭い気合が響き渡っている。
「あはは! さすが教導官、今の避けるんだ! じゃあ、これはどうかな!」
ニーリルが杖を地面に突き立てると、シエラの足元の影から魔力の槍が突き出した。シエラは空中で身を翻し、木剣を旋回させてその衝撃を自身の推進力に変え、一気にニーリルの懐へと肉薄する。
「……捕まえた!」
「おっと! そうはさせないよ!」
二人の実力が拮抗し、模擬戦が最高潮に達したその時。
カチャリ、と。
工房の奥から、全ての歯車が完璧に噛み合ったような、心地よい金属音が響いた。
「……昇華完了。シエラさん、カイル! 遊びはそこまでだ。最高傑作ができたぞ」
リエイが工房の入り口に姿を現した。その両手には、以前の銀色をより深く、まるで月光を吸い込んだかのような神秘的な輝きを放つ、新生・シエラの籠手が握られていた。




