repair.74 『戦場の残滓と広場の旋風』
リエイがシエラの籠手を分解し始めると、作業台の魔導ランプが不気味な紫色の光を放った。多機能ゴーグルの奥で、リエイの眉が深く寄る。
「……シエラさん、この籠手。最後に潜った中級ダンジョンで、何か『腐食したもの』に触れなかったか?」
分解された銀の装甲の裏側。そこには蜘蛛の糸のような細い、しかし脈動する黒い魔力の残滓がこびり付いていた。カイルが思わず身を乗り出す。
「それは……今の地下水域で見つかっている変質魔力と同質のものか?」
「ああ。だが、こいつの方がずっと純度が濃い。単独踏破した際の『核』に近い場所で浴びたんだろうな。これが現代の魔力回路を内側から腐らせ、変質を加速させている正体だ」
リエイの言葉に、シエラはかつての戦場を思い返すように目を伏せた。
「……心当たりはある。最深部で、見たこともない黒い粘液を纏った魔獣と切り結んだ。あの時の『穢れ』が、今もこの籠手を蝕んでいたというのか」
「安心しなよ。リエイがそれを引き剥がして、最高に使いやすく昇華させてくれるからさ!」
沈みかけた空気を一変させたのは、ニーリルの快活な声だった。彼女は琥珀酒の瓶を置くと、腰の杖をくるりと回してシエラの前に立つ。
「ねえ、シエラさん。修理が終わるまで、ちょっと体を動かさない? 聖騎士の教導官様が、引退してもどれだけ動けるのか見てあげようと思って。もちろん、時間潰しの遊びとしてね!」
シエラは驚いたように顔を上げたが、ニーリルの屈託のない、しかし戦士特有の鋭い瞳を見て、薄く微笑んだ。
「……ハイエルフの戦士と手合わせか。引退した身には少々荷が重い相手だが、このままじっとしているのも性に合わない。お受けしよう」
「決まり! カイル、審判お願いね!」
「私か? ……まあ、この二人の手合わせなら、見届けないわけにはいかないな」
カイルが苦笑しながら広場の中央へ進み出る。すると、天井付近で浮遊していたアルス・マグナが、待ってましたと言わんばかりに黄金の粒子を撒き散らしながら降下してきた。
『カッカッカ! ならば我も審判の末席に加わろう。伝説の因果の定着器が見守る中での模擬戦。これほどの名誉はあるまいぞ!』
工房の前、養成所の建設現場からも工事関係者たちが手を止め、物珍しげに集まってくる。ノエルは「あわわ、怪我だけはしないでくださいね」と心配そうに、それでも特等席でリゾットの鍋を抱えたまま見守っていた。
「準備はいい? 聖騎士のお姉さん!」
「いつでもいいぞ。森の守護者よ」
広場に、快活な魔力の火花と、静謐な闘気が交差する。
工房の中からその喧騒を聞き流しながら、リエイは黒い残滓を魔力針で一箇所に集束させ、慎重に「構造干渉」を開始した。
「……さて。外が騒がしいうちに、この『毒』を薬に変えてやるとするか」
建設途中の養成所の骨組みを背景に、草原に新しい風が吹き抜けた。




