repair.73 『聖騎士の昇華と再会の旋風』
リゾットの温かな湯気が工房に満ちる中、街道の先から規則正しい金属音が響いてきた。聖教騎士団特有の、一点の曇りもない行軍の足音だ。
「……噂をすれば、お出ましだな」
リエイがスプーンを置くと同時に、工房の扉が勢いよく開かれた。そこに立っていたのは、全身に戦場の下風を纏った聖騎士カイルと、その後ろで凛とした佇まいを見せる一人の女性騎士だった。
「リエイ! 無理を承知で預けた盾だが、状況はどうだ……っ!?」
カイルの言葉が、工房の壁に立てかけられた円盾を見た瞬間に凍りついた。かつての蜘蛛の巣のような亀裂は跡形もなく消え、盾の表面には呼吸に合わせたかのような、淡く気高い白銀の階調が波打っている。
「……馬鹿な。以前より魔力の指向性が研ぎ澄まされている。これでは、ただの修理ではなく……」
「昇華させた。カイル、おまえの戦い方に合わせて、余計な硬執を抜き、魔力循環が効率よく行えるよう調整してある。これで今回のようなヒビ割れは起こらないだろう。だからといって、もう無茶な防壁の張り方はするなよ。盾が泣いてたぞ」
リエイのぶっきらぼうながらも温かい言葉に、カイルは震える手で盾の縁に触れた。その瞬間、盾から伝わる迷いのない魔力循環に、彼は言葉を失い、その場に膝を突きそうになった。
「君という男は、相変わらず私の常識を粉砕してくれる……」
「あら、カイル。情けないわね、腰を抜かすなんて。……でも、確かにこの手仕事、ただの修理師の域を超えているわ」
カイルの後ろから歩み出た女性が、鋭い、しかし敬意の籠もった視線で工房を見渡した。カイルが居住まいを正し、彼女を紹介する。
「リエイ、紹介させてくれ。同僚で教導官を務めているシエラ・ヴァレンタインだ。若くして現役を引退したが、かつては野良の中級ダンジョンを単独踏破したほどのツワモノでね。今は後進の育成に尽力している」
シエラは静かに頷くと、腰のポーチから一対の革と銀の籠手を取り出し、作業台に置いた。聖騎士の家系に相応しい気品と、一線を退いた者特有の静かな闘志が、その道具から伝わってくる。
「シエラさん、初めまして。……その籠手、カイルに負けないくらい使い込まれてるな」
「ええ。昨今の魔力変質の影響か、最近はどうも馴染みが悪くてね。後進を導く立場として、道具の不調を放置するわけにはいかないのだ」
シエラの言葉に、ノエルがリゾットの皿を片付けながら、直感的にそう呟いた。
「シエラさん、その籠手……中の回路がちょっとだけ『寂しい音』がしています。でも、リエイさんならきっと大丈夫ですよ」
ニーリルも琥珀酒のグラスを傾けながら、面白そうに目を細める。
「おっ、いい素材使ってるじゃない。これ、今の地下水域の魔力変質に当てるには、ちょっと設計が古いかな? ね、リエイ」
ニーリルの快活な声に、リエイは多機能ゴーグルのスイッチを入れ、シエラの籠手を覗き込んだ。
「……ああ。単独踏破時の激しい負荷で、芯材の魔法銀が疲労を起こしてる。それに、今の迷宮の変容に合わせるなら、回路の『出口』を三箇所増やさないと、次の実戦でシエラさんの腕ごと弾け飛ぶな」
『ふむ……。因果の点打ちを五点、螺旋状に配置すれば、その籠手は再び彼女の半身となろう。リエイよ、我も解析を手伝ってやってもよいぞ?』
アルス・マグナが天井付近からゆっくりと降りてくると、シエラは驚きに目を見開きつつも、すぐに深く頭を下げた。
「伝説の因果の定着器……! リエイ殿、どうかこの籠手を。私はまだ、止まるわけにはいかないのです」
リエイはシエラの真っ直ぐな瞳を受け止め、使い込まれた籠手を手に取った。
「預かろう。……あんたのその覚悟が、まだこの道具と共にあると願うならね」
工房の外では、養成所の石材が積み上がる音が響いている。
修理師リエイの元に、また一つ、再生を待つ物語が持ち込まれた。




