repair.72 『盾に刻まれた執念と朝のリゾット』
工房の静寂の中で、リエイの指先だけが精密な動きを続けていた。
極微魔力修復針が、盾の内部で煮え繰り返る聖魔法の奔流を、一本ずつ丁寧に「出口」へと誘導していく。
(……やはり、ただの魔力暴走じゃない。これを作った職人の、意地にも似た呪縛が回路を塞いでる)
多機能ゴーグルの解析深度を一時的に禁忌領域まで引き上げると、金属の奥底に刻まれた、製作者の最期のメッセージが文字として浮かび上がった。
『不滅であれ、決して砕けることなかれ』。
その祈りに近い執念が、盾を修復不可能なほどに硬化させ、逆に衝撃の逃げ場を奪っていたのだ。
「悪いが、カイルはもっとしなやかな強さを求めてる。……あんたの執念、ここで昇華させてもらうよ」
リエイは超伝導の籠手を介し、特定の周波数の魔力を回路に流し込んだ。
構造破壊の技術を転用した精密な振動が、頑なだった術式を優しく解きほぐしていく。不協和音を上げていた盾の震動が、次第に穏やかな、脈動のような音へと変わっていった。
数時間後。
工房の重い扉を開けると、そこには作業を終えたニーリルとノエル、そしてアルス・マグナが、湯気を立てる大きな鍋を囲んでいた。
「あ、リエイさん! お疲れ様です! ちょうど星滴麦のリゾットが、最高の炊き上がりですよ!」
ノエルが弾むような声で皿を差し出す。
隣ではニーリルが、既に琥珀酒を片手にリゾットを口に運び、目を輝かせていた。
「これこれ! このプチプチした食感がたまんないんだよね! ノエル、天才すぎ!」
『ふむ……。我も解析を終えたぞ。この星滴麦に含まれるマナの定着率は、古代の薬草にも匹敵する。リエイ、主も早く食せ。主の因果が、空腹で揺らいでおるわい』
アルス・マグナが、まるで自分の手柄のように誇らしげに浮遊している。
リエイは、ピカピカに磨き直され、深みのある白銀の輝きを取り戻した伝説の盾を壁に立てかけ、ようやく椅子に腰を下ろした。
「……ああ、いただくよ」
ノエルが丹精込めて作ったリゾットを一口運ぶと、麦の旨味とチーズの濃厚な香りが、疲れた身体に染み渡っていく。
窓の外では、ニーリルたちが塞いだ地下空洞の上に、ガストンたちが再び活気よく基礎工事を再開していた。
「……旨いな。おっさん、養成所の最初の講義は、ノエルの料理教室にでもしたらどうだ?」
『カッカッカ! それも一理ある。魔道の極意は、案外こういう皿の上に転がっておるものよな』
だがリエイは、盾を受け取りに来るであろうカイルに、どの程度のメンテナンス費用を請求するか、あるいはどれだけ強烈な小言を叩き込むか。それを考えて、密かに口角を上げていた。




