repair.71 『聖域の残響と伝説の盾』
工房の前の広場で、ニーリルが琥珀色の瓶を太陽にかざして、ニカッと笑った。
「ほらリエイ、見てよこれ! 南の森の奥で見つけた極上の琥珀酒! これ飲まなきゃ一日が始まらないでしょ!」
瓶を振り回すニーリルの姿は、どこからどう見てもノエルの頼れる(そしてちょっと騒がしい)お姉さんにしか見えない。アルス・マグナが『概念の解析を……』と理屈を並べようとするのを、ニーリルは片手でシッシッと追い払った。
「おっさんは黙って見てなさいって! リエイも、そんな難しい顔してないでさ。……あ、でもその前に。養成所の地下、なんかヤバいことになってるわよ。あっちの連中、腰抜かして驚いてるし!」
ニーリルが親指で示した先、建設現場の中央に開いた地下空洞から、どす黒いマナの霧が噴き出していた。
ニーリルが指差す先、建設現場の中央にポッカリと開いた空洞があった。土木魔導士たちが慌ただしく走り回っている。
「……地下空洞か。迷宮の分断層だな」
リエイは多機能ゴーグルの設定を叩き、解析深度を上げた。レンズ越しに見えるのは、既存の迷宮から切り離されたはずの空間に、不自然に溜まったマナの渦だ。
「迷宮の意志が、自分の一部を地上に固定しようとしている。養成所の建設でマナの密度が上がったのが引き金だろうな。放っておけば地上の空間が迷宮化するぞ、ガストン!」
現場主任のガストンが、半泣きで駆け寄ってくる。
「リエイ殿、助けてくれ! あれじゃ基礎工事どころか、定礎式なんて夢のまた夢だ! しかも、聖教騎士団のカイル殿から、とんでもない荷物が届いちまって!」
ガストンが差し出したのは、分厚い布に包まれた巨大な円盾だった。布を剥ぐと、伝説の盾としての威容はどこへやら、蜘蛛の巣のような亀裂が走り、内側から不気味な震動を上げている。
「カイルの奴、無茶しやがって……。ニーリル、悪いけどノエルと一緒にあっちの穴、塞いできてくれないか?」
リエイの言葉に、ニーリルはポンと自分の胸を叩いた。
「任せなさいって! あんな穴、私の穿孔魔術でサクッと縫い合わせてあげるから! ノエル、行くよ! ぼやぼやしてたらリゾット冷めちゃうからね!」
「あ、待ってください師匠ぉ!」
嵐のように現場へ駆けていくニーリルを見送り、リエイは盾を抱えて工房の奥へと引っ込んだ。
「直せないものはないさ。……この盾がまだ、カイルと共にありたいと願うならね」
工房の扉を閉め、リエイはミスリル製の極微魔力修復針を手に取った。
外からはニーリルの「いっけぇー!」という威勢のいい掛け声と共に、地殻を穿孔する凄まじい魔力の震動が伝わってくる。
(……あいつに負けてられないな)
リエイの視界には、盾の内部で出口を失い、自壊寸前まで膨れ上がった聖魔法の濁流が見えていた。黄金の指先が、その荒れ狂う回路の「結び目」に、そっと針を滑り込ませた。
それを見守っていたアルス・マグナの結晶体が、満足げに一際明るく発光する。
『ニーリルもノエルも上手くやりおるわい。これなら我の出番はなさそうじゃの』




