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修理師リエイのほのぼのクラフト生活  作者: 弌黑流人
第一章 修理師

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repair.70 『宰相の朝食と深層の贈り物』

リエイは、朝一番の清々しい空気を吸い込む間もなく、工房の前に佇むベネディクトと目が合った。

宰相は、公務の疲れも見せず、むしろ昨日より血色が良い。その隣には、大きな紙袋を抱えたノエルが、おっとりとした笑顔で立っていた。


「おはようございます、リエイさん! 今朝は市場で、とっても立派な星滴麦が手に入ったんです。メディさんのところでリゾットにして、皆で食べようって話になって……」


「おはよう、ノエル。……それで、そっちのキラキラしたお人は?」


リエイは、あからさまに遠い目をしながら、ベネディクトを指差した。宰相は、高級な絹のハンカチで額を拭いながら、一歩前に踏み出す。


「いやはや、リエイ殿! 養成所の定礎式について、アルス・マグナ様にご相談したくてですね。……おや、リエイ殿。その指先、微かに『月光銀』の輝きが残っているようですが? あの素材は、確か深層の廃都にしか自生しない、極めて希少な……」


(……鋭いな、このおっさん。政治家としての勘か、それとも鑑定スキルの類か)


リエイは、鉄のポーカーフェイスを維持したまま、作業着のポケットに手を突っ込んだ。


「……気のせいだろう、宰相閣下。湿気で魔法銀が少し変色しただけだ。それより、ノエル。リゾットを作るなら、これを使え。昨日、たまたま棚の奥で見つけたんだ」


リエイが取り出したのは、小さな氷の結晶に包まれた、真っ赤な果実だった。雪氷龍の牙を用いたコールド・スライサーの機能で、採取した瞬間の鮮度が完全に固定されている。


「わあ、綺麗なリンゴ! まるで今、木から落ちてきたみたいに冷えていますね」


「……たまたま、だ。それと閣下、定礎式ならあっちの浮遊結晶に聞いてくれ。俺は今日、騎士団から預かった『震える短剣』の回路を繋ぎ直さなきゃならないんでね」


リエイは、ノエルの頭を軽く叩いて工房の中へと促した。背後では、アルス・マグナが『ふむ、定礎式か。我が導く因果の礎に、相応しい術式を刻まねばならんな』と、既に乗り気な声を上げている。


工房の奥、作業台に向かったリエイは、多機能ゴーグルを因果観測モードに切り替えた。

レンズ越しに見えるのは、騎士団から持ち込まれた呪い付きの短剣。回路が複雑に縺れ、不協和音のような魔力の振動が指先に伝わってくる。


(……呪い、か。いや、これは製作者の『強すぎる執着』が、出口を失って回っているだけだな)


リエイは、ミスリル製の極微魔力修復針を手に取った。

アルス・マグナから教わった因果の点打ちを応用し、魔力の奔流を遮断するのではなく、特定のポイントに「逃げ道」を打ち込んでいく。針が触れるたび、短剣の震えが静まり、鈍い輝きが澄んだ白銀へと変わっていく。


「……よし。これで、こいつはただの武器じゃない。持ち主の魔力効率を最適化する、高次魔道具に昇華した」


作業を終えたリエイが顔を上げると、工房の窓から、建設中の養成所の骨組みが見えた。

かつては静かだったこの草原が、今や王国で最も熱い魔導の集積地になろうとしている。


(……退屈の二文字は不要、か。おっさんの言う通りになりそうだな)


リエイは、ノエルが差し入れたミートパイの温かい香りに誘われるように、作業台を離れた。

外では、ノエルの師匠であるハイエルフのニーリルが『ねぇ、リエイ! 朝からいい酒が手に入ったのよ!』と、相変わらずの調子で叫んでいる。


修理師リエイの新しい一日は、まだ始まったばかりだった。


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