repair.76 『月光の波動と黒き導線』
リエイの手から放たれた新生・シエラの籠手は、彼女の腕に吸い込まれるように装着された。その瞬間、籠手の隙間から余剰魔力が白銀の蒸気となって噴き出し、周囲の空気をピりつかせる。
「……信じられない。魔力の導線が、まるで自分の血管になったような感覚だ」
シエラが拳を握りしめると、五箇所の排気口からキィィィンと高周波の駆動音が響く。それを見たニーリルが、いたずらっぽく杖を構え直した。
「へぇ、いい音! じゃあシエラさん、これに耐えられるか試してみなきゃね。全力で行くよ、受け止めて!」
ニーリルが杖を天に掲げると、広場に巨大な魔力の渦が発生した。それは先ほどまでの比ではない、ハイエルフの真髄たる極大の穿孔魔弾だ。
「……受けて立とう」
シエラが籠手を交差させ、構える。放たれた魔弾がシエラを飲み込もうとした瞬間、新生・籠手の五箇所の排気口が同時に解放された。流入した衝撃が瞬時に「逃げ道」を通って背後へと逃がされ、同時にシエラ自身の聖魔力へと変換されていく。
「はぁぁっ!」
シエラが片手を一閃させると、受け止めたはずの衝撃が白銀の波動となってニーリルの魔法を霧散させ、そのまま空へと突き抜けた。カイルが「馬鹿な……」と絶句し、養成所の工事関係者からは地鳴りのような歓声が上がる。
『カッカッカ! 完璧な因果の転換よ。リエイ、主の調整はもはや芸術の域に達しておるな』
アルス・マグナが満足げに発光する中、リエイは一人、冷めた手つきで作業台の上の封印瓶を手に取った。
「……性能テストは十分だろ。シエラさん、これを見てくれ」
全員が工房へ戻り、リエイが差し出した瓶の中を見つめる。そこには先ほど抽出された「黒い残滓」が、瓶の壁を叩くようにしてドロドロと蠢いていた。
「これ、動いてない……?」
ノエルが怯えたように身を引く。アルス・マグナが結晶体を瓶に近づけ、その表面に複雑な幾何学模様を浮かび上がらせた。
『ふむ……。これは単なる魔力の腐敗ではない。明確な「意志」のコードが埋め込まれておる。シエラよ、主が単独踏破したあのダンジョン……そこには「何か」が意図的に配置されていたようじゃな』
シエラの表情が険しくなる。彼女の籠手に潜んでいたこの毒は、単なる事故ではなく、誰かが迷宮の魔力を変質させるための「導線」として植え付けたものだった。
「今の地下水域の異変も、この『意志』が源流となっているのか……」
「おそらくね。シエラさんの籠手が不調を訴えたのは、変質が次の段階に進もうとしている合図だ」
リエイは多機能ゴーグルの設定を切り替え、地図上に黒い残滓の魔力波形を投影した。
「……繋がったぞ。この波形の向かう先は、養成所の地下空洞のさらに奥。そこが、この国を蝕もうとしている変質の心臓部だ」
職人としての日常は、いつの間にか世界の歪みを修復する戦いへと片足を踏み入れていた。




