repair.65 『偽装の魔術と検分官の眼』
翌朝、夜明けと共にリエイの工房の前には、装飾の施された重厚な馬車が止まった。
降りてきたのは、濃紺の法衣を纏い、片目にモノクルを装着した細身の男。王宮直属、第一級魔導検分官のヴィンセントである。その後ろには、記録係の役人と、険しい表情のカイルが控えていた。
「ここが……例の場所ですか。随分と、妙な魔力密度ですね」
ヴィンセントは工房の扉を潜るなり、モノクルを光らせて室内を見渡した。
リエイは作業台の前に座り、平然と古びた歯車を磨いている。その隣では、黄金の光を微かに放つアルス・マグナが、棚の上で置物のように静止していた。
「……おや。その浮遊する結晶体、これが件の『アルス・マグナ』殿ですか。そして、あなたが修理師のリエイ。随分と落ち着いていますね。私のモノクルには、この部屋の四隅から『不自然な因果の収束』が検知されていますが?」
ヴィンセントが、リエイが昨夜ラグを敷いたあたりへ歩み寄る。カイルが思わず固唾を飲んだ。
リエイは顔を上げず、淡々と答えた。
「ああ、それなら『空間冷却式の精密魔導ストーブ』だ。このおっさん……アルス・マグナ殿の魂が熱を持ちすぎないように、床下から冷気を取り込んで循環させてる。構造に無理があるのは認めるが、修理師の工夫だよ」
「ほう……。床下にストーブ、ですか」
ヴィンセントは疑り深い目で、ラグを靴の先で軽く叩いた。
その瞬間、床下からゴォォという機械的な駆動音と、心地よい程度の冷風が噴き出した。リエイとアルス・マグナが昨夜一晩かけて構築した、ゲートの魔圧を物理的な『空調』へと変換する擬似術式である。
ヴィンセントはモノクルを調整し、執拗に床の数値を読み取ろうとする。
「……なるほど。確かに魔力の流れは一方向、冷却回路として機能しているようだ。しかし、この底に眠る『深淵』のような気配、これは……」
「お主、あまり我の私室の土台を詮索するでない。寝つきが悪くなるわ」
アルス・マグナが、地響きのような威厳ある声を響かせた。ヴィンセントは一瞬怯み、恭しく礼をした。
「これは失礼を。……ですがリエイ殿、王宮はあなたの『門番』としての異能にも注視しています。この工房が単なる修理屋で終わるのか、それとも別の『何か』に変貌しているのか。我々の検分は、まだ始まったばかりですよ」
ヴィンセントの手が、記録用の魔導ペンを走らせる。
リエイは内心で冷や汗を拭いながら、多機能ゴーグルの奥で不敵に目を細めた。
「どうぞご自由に。……ただし、勝手に建付けを弄って、このおっさんに灰にされても文句は言わないでくれよ」




