repair.64 『工房の裏門と招かれざる「検分」』
翌朝。
リエイが床に固定した「黒い円盤」――それは、岩山ダンジョンの深層へと直通する、世界で唯一の個人用非公式ゲートとなった。本来ならギルドが血眼になって封印する事態だが、アルス・マグナという「生きた迷宮の知恵」と、リエイの「解析・固定技術」が組み合わさったことで、それは工房の建付けの一部として完全に制御下に置かれた。
「……さて。これで素材不足に悩む心配はなくなったな」
リエイが魔導レンチを腰のベルトに戻した、その時だった。
工房の表扉が、遠慮のない音を立てて叩かれた。
「開けてくれ、リエイ! 聖教騎士団、カイルだ。緊急の伝令がある!」
「カイル!? 昨日の今日で、もう来たのか?」
リエイが慌てて床の「黒い円盤」の上に、手近な厚手のラグを蹴り飛ばして隠すと同時に、扉が開いた。入ってきたのは、旅装を解く暇もなかったのか、鎧に薄っすらと砂埃を被ったカイルだった。その後ろには、マイルズが苦虫を噛み潰したような顔で続いている。
「リエイ、無事か! アルス・マグナ殿の移送不可の報を聞き、王宮の魔導顧問たちが騒ぎ出している。彼らは『修理師の若造が、伝説の遺物を独占しようとしている』と疑い始めているんだ」
カイルの言葉に、リエイは眉をひそめた。
「独占も何も、おっさんが動かないって言ってるんだ。俺のせいじゃないだろ」
『ふむ。その通りだ、堅物騎士よ。我はここの「寝心地」が気に入ったと言っておるのだ』
アルス・マグナが天井付近から尊大に声をかける。カイルは伝説の魔道士に一礼しつつも、深刻な表情を崩さない。
「問題はそこじゃない。……リエイ、お前の工房に、王宮直属の『第一級魔導検分官』が派遣されることが決まった。彼らの目的はアルス・マグナ殿の鑑定だが、同時に……この工房に『不自然な魔力反応』がないか、徹底的に洗うつもりだ」
マイルズが横から口を挟む。
「……リエイ、お前、まさか何か隠してないだろうな? ギルドの出禁期間中に、怪しい魔道具の密造とか……あるいは、ダンジョンとの不正な接触とかだ」
マイルズの視線が、不自然に膨らんだ床のラグへと向けられる。
リエイの背中に冷や汗が流れた。今、このラグを捲られれば、そこには「ダンジョンの深層」が口を開けている。検分官に見つかれば、一発で反逆罪か、良くて工房の永久封鎖だ。
「……不自然な反応なんて、このおっさんがいる時点で十分だろ。今さら何を検分するってんだ」
リエイは平静を装いながら、多機能ゴーグルの設定を「隠蔽・偽装モード」へと切り替えた。アルス・マグナが放つ黄金の光を、無理やり「工房の照明魔具」の波長に偽装し、床のゲートから漏れ出る冷気を「新型の冷却装置」の排熱として上書きする。
「カイル、検分官が来るのはいつだ?」
「明日の朝だ。……リエイ、奴らは『本物』だ。小細工は通じないぞ」
カイルの忠告に、リエイはニヤリと笑ってみせた。
「小細工はしないさ。……『修理』をするだけだ。この工房の、あまりに完璧すぎる『建付け』をな」
カイルたちが去った後、リエイはアルス・マグナに向き直った。
「おい、おっさん。協力しろ。明日の朝までに、この『裏門』を、検分官の眼を欺く最高級の『インテリア』に改造するぞ」
『カッカッカ! 愉快なことよ。因果を騙し、王宮の鼻を明かすか。……よし、我が術式、存分に貸してやろう』




