repair.63 『工房の「裏門」は因果のボルト締めが鍵』
「ノエル、ニーリル。下がっててくれ。……少し、工房の建付けを直してくる」
リエイが短く告げると、ノエルは心配そうに、ニーリルは面白そうに頷いて距離を取った。リエイは作業机から、年季の入った大型の魔導レンチを引き抜く。
多機能ゴーグルの視界には、床から這い出し始めた漆黒の「影」が、不定形の魔物へと形を成そうとするプロセスが克明に表示されていた。
『カッカッカ! さあ、どうする小僧。力でねじ伏せるか、それとも逃げ出すか?』
「逃げるわけないだろ。……ここは俺の仕事場だ。勝手に間取りを変えさせるかよ」
リエイはゴーグルのサイドスイッチを叩き、解析モードを「構造分解」から「因果固定」へと切り替える。
「おっさん、言ったな。『マナを針として編む』って。……俺流に言えば、浮いた因果を『ボルトで締める』ってことだ」
リエイは影の「核」が実体化する直前、その空間の歪みに向かって迷いなく魔導レンチを叩きつけた。物理的な衝撃ではない。レンチの先端から放たれた高密度の魔力が、影の発生源である「門」の縁を物理的に床へ縫い付ける。
【解析完了:座標不整合を確認】
【術式展開:空間固定ボルト「鎖の封錠」――出力80%】
「ニーリル! その術式、端から解け! 俺が締める隙間を作れ!」
「合点承知! 面白いことさせるじゃないの!」
ニーリルが鋭く杖を振ると、アルス・マグナから教わったばかりの精密な魔力制御で、影の縁を「針」で突くように解体していく。歪みが一瞬緩んだ隙を突き、リエイがレンチを回す。
ガリッ、と空間が軋む音が工房に響いた。
『ほう……。迷宮の門を、無理やり工房の床材の一部として「接合」したか。なんとも強引な修理よな』
アルス・マグナが感心したように声を漏らす。影は魔物の形を成す前に、リエイの手によって平らな「黒い円盤」の状態にまで圧縮され、床に固定された。
「……ふぅ。これでよし。勝手に出てくる分には、この封印が弾き飛ばす」
リエイは額の汗を拭い、床に定着した黒い円を睨んだ。そこからは、微かにダンジョンの深層特有の冷気が立ち上っている。
「リエイさん……これ、消さなくていいんですか?」
不安げなノエルに、リエイはニヤリと不敵な笑みを浮かべてみせた。
「消すのは勿体ないだろ。ギルドの奴らは、俺がダンジョンの入り口にいるなんて夢にも思ってない。……出禁の間、どうしても必要な『素材』があるときは、ここからこっそり出入りさせてもらうさ」
「……あんた、本当にいい性格してるわね。気に入ったわ」
ニーリルが愉快そうに笑い、アルス・マグナもまた、この若い「門番」の在り方に満足げな光を明滅させた。




