repair.66 『検分の終焉と職人の種明かし』
ヴィンセントは、モノクルの倍率を極限まで引き上げ、数時間にわたって工房の隅々まで調べ尽くした。ラグを剥がし、床板の隙間に解析用の魔導糸を這わせ、壁の裏側に隠し空間がないかまで徹底的に検分した。しかし、そこから検出される数値は、リエイが説明した通り「極めて効率的な大型魔導冷却機構」としての波長に完全に変換されていた。
「……信じがたい。これほど高濃度のマナを、ただの空調の動力源として完全に制御し、因果の歪みすらも熱交換の循環に組み込んでいるとは」
ヴィンセントは、額の汗を拭いながら記録帳を閉じた。その表情には、疑念と驚嘆が入り混じっている。
「リエイ殿、正式な検分の結果、現時点において法に触れるような不審な魔力反応、および隠匿された迷宮の残滓は認められませんでした。個人的には……あまりに完璧すぎて、逆に背筋が寒くなるほどですが、数値は嘘をつきません。私の完敗です」
彼はモノクルを外し、アルス・マグナに向かって深く頭を下げた。
「アルス・マグナ様。王宮は、あなたのような偉大なる叡智を、ただの遺物として封印し続けるつもりはありません。どうか再度、王宮へお越し願いたい。居住環境については、あなたの望むあらゆる譲歩をいたします。また、王宮アカデミーでの魔導学講師として、失われた古代の知見を現代に伝えていただきたい。魔導の発展、そして人類の未来のために、ぜひその力を……」
『ふむ。講師か。悪くない響きだが、今はまだ、この無礼な職人の手際を眺めている方が面白くてな。返答は保留にしておこう。王にはそう伝えよ』
「……承知いたしました。名残惜しいですが、本日の検分はここまでとします。リエイ殿、また近いうちにお会いすることになるでしょう」
ヴィンセントは、どこか割り切れない顔をしながらも、カイルたちを引き連れて工房を後にした。馬車の音が遠ざかり、完全に気配が消えたのを確認すると、リエイは大きく息を吐き、作業椅子に深く沈み込んだ。
「……ふぅ。心臓に悪い。おっさん、よくやった」
『カッカッカ! 見たか、あの検分官の顔。我の因果操作で、床下の迷宮の波動を「未来の排熱」として偽装し、現在には存在しないエネルギーとして処理してやったわ』
リエイは多機能ゴーグルを外し、指先でラグの端をめくった。そこには、昨夜とは違う精密な「二重底」の魔術回路が刻まれている。
「俺がレンチで締めた『門』の縁に、あんたが古代の並列演算回路を上書きした。検分官が調べていたのは、俺たちが昨日即席で作った『偽の心臓部』だ。本物の迷宮の入り口は、その裏側にある多次元層に隠してある。……さすがの第一級検分官も、まさか工房の床に『階層そのものを折りたたんで隠している』とは思うまい」
『お主の「建付けを直す」という発想がなければ、我もこれほど鮮やかな偽装はできなんだ。現代の職人と古代の魔導士の共同作業、なかなかに愉快であったぞ』
二人が種明かしをしながら笑い合っていると、工房の前に再び、先ほどよりも静かで、しかし重厚な威圧感を放つ一台の馬車が止まった。
カイルたちが連れてきた検分官とは、格が違う。
降りてきたのは、漆黒の礼装に身を包んだ、銀髪の老紳士。
王宮の政務官トップであり、国王の右腕として知られる、宰相ベネディクトその人であった。




