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20-2 独白は風に流れ

「トールマン族と魔族、その両方に同じ家の王が在ると言うのも巡り合わせというものだろうか」


「むしろ皮肉と言うべきモノであろうよ。我が家は魔族の王族でも、下位の序列であったのだが」


 コンデンサーの立ち並ぶ地下の魔法陣には帯剣した背の高いトールマンの女性と、四本の角を生やしローブを羽織った魔族の女性の姿が在った。


「こうしておぬしを見送るのも二度目じゃな。どうしても行くのか。おぬしが必ずしも向う必要は無いのじゃぞ」


「やはりわたしは勇者なのだ、真魚。苦難に直面している者を見過ごす訳にはいかない。トールマンと居残った魔族達、仲介者としてわたしに出来ることが在る筈だ」


「君枝がねておったぞ。約束だったではないかと」


「散々怒られてしまった。確かに彩花と公介、二人の一周忌が明けて早々に出立するは仁義に反しよう。だが立ち止まっては為らぬと、我が胸内の声がささやくのだ」


「そなたは既に五〇を過ぎて居るというに」


「歳を巻き戻してもらった事には感謝して居る。二十歳の頃の肉体は流石に軽いな」


「あの仮面の魔女すらヘソを曲げてしもうた。わしは二人をどの様にしてなだめれば良いのじゃ」


「申し訳ない。親書は間違い無く、中央王国の現王へと渡そう。東方エルフの女王へはよいのか?」


「あの癇癪かんしゃく王には別途渡すのでおぬしが気を揉む必要は無い。魔族領に駐留している連中経由で充分じゃ」


「そうか・・・・」


「・・・・君枝は怒って居る訳ではないぞ」


「真魚」


「あの仮面の魔女にしてもそうじゃ。今まで散々苦難を体験してきたではないか、この辺りで自身の人生を、家庭を築き思うように生きても良いではないかと、歯がゆく思って居るダケじゃ」


「うむ。それは何度も言われた。しかし家族というのなら、彩花や公介や君枝、鰓子えらこにユテマルス、ワーラー、そして真魚。そなたらと過ごしたこの二〇年がそうだ。感謝して居る。

 あなた方はわたしにとって掛け替えのない存在だ」


「真顔でそういう事を言う。照れというものは無いのか」


「生憎と無いな。と同時に、他の者にも家族は居よう。我が手の届く限り力を貸してやりたい」


「そうか」


「彩花と公介は怒っているだろうか。二人には君枝をよろしく頼むと、言外にわれた気がしてならず」


「好きに生きろと言うておったではないか。気にする必要はあるまい。しかしやはりトールマンが百を超えるは難しい。彩花も公介が逝った途端、後を追うように冥界へと旅立った。最後の半月は見てれんかったわ」


「だが二人とも良い顔だった。決して後悔はして居まい」


「うむ」


「真魚、いや魔王ハイラネラ。そなたはこの地を如何様いかようにしてべる」


「唐突じゃの。そして何処かで聞いたような台詞よな」


力尽ちからづくなどという愚かな選択ではあるまい。それが長続きせぬというのはよく知っていよう。魔女エラは融和と協調でこの地に根付くと言ったが、そなたも同じ算段か」


かたわらに居ってよく見知って居ように斯様な問いかけをするか。それとも、この場で取った言質と先行きでの有り様と見比べ、わしを値踏みするつもりか」


「訊いているのはわたしだ」


刮目かつもくするが良い。争いをなだめ、繁栄と協調の果てに如何な世界が現出するか。

 百に及ばぬ寿命すら越えうる、二つの世界を跨ぎし者。『縛られざる者』よ。次に向こう側で数ヶ月を過ごせばの地では優に一世紀を越えていよう。トールマンの身で時を超え、我が編み出す栄華をたたえることに為ろう」


「大した言上だ。文章にして記しておけばどうだ」


「そうさな。彩花の書き綴った備忘録の追記として、おぬしの事を記しておくも悪うは無い」


「その文書もんじょに題名は?」


「下町侵略日記という。まぁ彩花が先に付けて居ったのだが」


「機知が利いて良い」


 背の高いトールマンの女性はそう言って表情を緩めると、魔族の長に軽く微笑んだ。別れの挨拶はない。双方に再び相まみえるという無言の確信が在ったからだ。


 そして魔王が編んだ転移の文言に乗せられて、古参の勇者(ヘレンギース)は、再び彼の地へと旅立っていったのである。




「門の鍵が開いたわね」


 とんがり帽子に濃い色合いのローブを羽織った痩せぎすの魔女が、テーブルの上にカップを置いた。仄かにハーブティーの香りが在った。


「そうね」


 対面にすわる白髪の魔女からは素っ気ない返事がるばかりだ。展望塔の野外テラスにはすでに、斜陽が長い影を投げかけていた。


「意地張ってないで見送ってやれば?」


「自分で決めた道筋よ。茶々入れた当人に干渉して欲しくはないでしょう」


「よく言う」


 痩せぎすの魔女は片頬で笑んで見せた。


 魔王城の、かつて高々とそびえ立っていた尖塔は瓦解して崩れ落ちたが、現在はその跡に円筒状の展望塔が建造されていた。かつての尖塔には遠く及ばない。

 だがそれでも、四階建てほどの高さと小高い丘の上に在る魔王城のほぼ中央ということもあって、遠くまで見通せる悪くない眺望を提供してくれていた。


 筒状になった塔の真下には、再生を終えた新規の壺が今日もせっせと多量の精霊ナノマシンを吐き出し続けて居る。遠からずこの世界も彼の地と等しく、魔力マナに満ち満ちた豊穣の大地となるだろう。


 予備の天神も、煉獄より遙かに深く熱い灼熱の中で形作られている最中だ。


 此の世界と彼の地が鏡に映った兄弟ならば、向こう側と同じく、天の光が失せる厄災が巡ってくるのかも知れない。巡ってこないかも知れない。先行きは不明なれど、準備をしておいても損はないのではないか。


 不要ならそれはそれで、別途の使い道もあった。巨大な発電施設の核にするも良し、本来の用途である外惑星の「てらふぉーみんぐ」に使うも良し、アイデア次第だ。


 とはいえ、どう控えめに見積もってもあと数百年はかかる。流石にもう、自分が目にすることは叶わない。魔族の寿命が永いとは言え、天命を覆せる程では無いのだ。


 まぁ、後はヘレンや君枝に任せるのが順当だろう。なにせ自分はもう役目を終えた身なのだ。後腐れ無く引くのなら、この辺りが良い引き際なのかも知れない。あの子や彼も同じ心もちで逝ったのではなかろうか。


 正直、見送るのはもう飽いていた。


「この辺りが我が身の引き際。灰となって散りゆくならそれもまた一興、とか考えているんじゃないでしょうね」


「なにトンチキなこと言ってるのよ。わたしの机の上を見せてあげましょうか。これからやらなきゃならないコト、せねばならぬコト、わたしでなきゃどうにもならないコト、それこそより取り見取りテンコ盛りよ。おちおちくたばってる暇なんて無いわ」


「だったらイイんだけれど。君枝はいくつもの医術免状を収めた挙げ句、東方エルフ領の医療館督事として招かれ首を縦に振った。

 医術の道を選んだことといい、思い切りの良さといい、頼まれて嫌とは言えない性格といい、間違い無く両親の影響だね。自分の身の回りに居る人間が片端から居なくなって、物寂しくなるのはわかるけどさ」


「ドたわけたコトぬかさないで。自分がそうだからって相手もそうだと思わない方がいいわ。自分尺度で他者を計るのは阿呆のやることよ。そもそも君枝ちゃんも君枝ちゃんだわ。何だってよりにもよって、あの癇癪王の元へ行くだなんて言い出すのやら」


「それもやはり父親と母親の影響なんだろ。あの二人の彼の地での体験が、あの子を突き動かしているのさ。察しているくせに。離れて欲しくないダケのくせに。ただの我が儘じゃあないか」


「わたしはただあの子に誤った道を歩いて欲しくないだけよ」


「彼女はもう子供じゃない。自分の行き先は自分で決めるさ。それに、自分尺度で他者を計るのは阿呆のやることなんじゃないのかい?」


 白髪の魔女は押し黙って冷めたハーブティーを飲み干した。


「ヘレンに続いて君枝まで見送らないって言うのはどうかと思うけどね。あれから一〇年、後味はどうだったんだい」


 いま、この展望台のある地下、壺の間と隣接する場所には、の地に転移陣を構築したコンデンサー群が在り、その転移陣には彼女の孫ともいうべき女性が居る。本日をもって彼の地へと発つためだ。


「開門の条件も以前よりはるかに厳しい。しかも彼の地との時差はもう結構な大きさだ。公介や彩花がヘレンを待っていた頃より更に圧倒的だよ。トールマンなら文字通り数日で『待ちくたびれる』ほどさ」


「・・・・」


「おや、おかしいねぇ。転移陣の解錠は為された。でも門戸は開こうとはしない。詠唱の気配すらない。ユテマルスは魔女ほどじゃないが転移陣の扱いにかけちゃ手練れだ。術式をとちっているとは思えないけどねぇ」


「・・・・・・・・」


「何か忘れ物があるのかも知れない」


「・・・・ちょっと、お手洗い」


 白髪の魔女は席を立つ。


「そう。ごゆっくり」


 早足で展望テラスから出て行く後ろ姿を見送り、痩せぎすの魔女は「やれやれ」と苦笑する。


「まったく、世話の焼ける魔女さまだ」


 独白は風に流れ、誰の耳にも届かなかった。

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