天使=翼の生えた異民族
背中から翼をにょっきり生やした、防御力の極端に低そうな装備のむくつけき大男が叫ぶ。
「ぷみーぷまー!」
布面積は少なく比例して肌色面積は大きいが、その肌色部分こそがむしろ鎧のよう。
生来の肉体強度だけで防御力は十分と主張するような筋肉が、躍動する。
腰を落とし、両足の筋肉を盛り上がらせて。
相対する魔法少女(惨)に鋭い気迫のこもった眼差しを浴びせて。
そんな天使(惨)と魔法少女(惨)に挟まれる位置に、所在なさげに立ち尽くして困惑する勇者。
勇者の従者であるところの公爵家嫡子、ロニウス青年は悲痛な声で怒鳴り声をあげた。
「絵面が酷すぎる……!」
魔法少女(惨)と天使(惨)以外の誰もが思っていたことである。
視覚的な暴力を地でいく大男×2は、圧倒的な存在感を放っている。
天使とかもはや伝説の中に存在の痕跡を残すだけで、絶滅したというのが現代の通説だった。
当然ながら、その生態や文化、実際の姿について詳しい者はほぼいない。
専門に研究してる学者だったとしても、書物や資料から紐解いて調べた知識を持つばかり。つまりは伝聞。
なのにこの場で、この大男を天使だといわれてしまった。
実物を知らない勇者一行ではあるが、背に翼が生えているのをまざまざと見せつけられては「そうかもしれない」という思いが過ぎる。
だが、認められない。認めたくない。
心情的にはとてもではないが、アレが「天使」などとは受け入れがたかった。
何故なら。
「アレが天使って、アレが天使って……!! あんなのが先祖の一族とか認めて堪るか!!」
先祖。
そう、そうなのである。
勇者一行の祖国である、マサラ王国。
建国王の妻は、今では絶滅したとされる有翼族だったと伝えらえている。
背中に白い翼をもつ、美しさは折り紙付きの神秘の一族。
伝承に残る『天使』とは、彼らを指すというのが有力な説で。
確かに言われてみれば、異常に発達した筋肉の主張を無視して、顔面上に繁茂している揉み上げやら髭やら諸々を除去して整えたなら、造形そのものは整っているかもしれない……?と思える程度にうっすら美形の片鱗が筋肉天使には感じられたけれども。
……王子のガラムはもとより、公爵家の出身で王家の親戚つまりは準王族とも言うべきロニウス青年やエーデルワイスもまた、健国王の血を引いている。
即ち、初代王妃であった有翼族の血を引いていた。
だというのに、目の前の異常な変態にしか見えない大男が『天使』だなんて。
まるでそんな事実はないのに、自分達までも変態一族の末裔呼ばわりされたような気がしてしまう。
公爵令嬢エーデルワイスは華やかに楚々と微笑みながら、傍らに立つクミンに厳格な声で命じた。
「あの翼を生やした変態を、埋めなさい」
「むっ無理ですよぅ、エーデルワイス様ぁ! あの変態、威圧感凄いし隙も無いし! 無理ですよぅ!」
冷たい冷気の漂ってくるような錯覚を受けて、クミンは半泣きだ。
クミンの感じている冷気を、感じた訳でもないだろうに。
茂みに身を潜めた魔女王様もまた、青い顔で肩を震わせていた。
「アレが天使、アレが……では、私にも変態の血が……?」
「陛下、お気を確かに! あの個体は確かに異常な見た目をしていますが、陛下のご先祖様まで変態って訳では……個性です。アレはあの変態の個性ですよ、陛下!」
「個性……個性かしら、本当に。万に一つも、他の有翼族達もがあんなだという可能性は?」
「大丈夫ですよ! ハッ……ああ、うん、それはまあ、多少は私達の常識と違う面もありますが、異文化です。そう、それは『異文化』というヤツです。それにご安心ください、私はかつて彼らの内何人かと交流したこともありますけれど、あそこまで突き抜けた者は見ておりませんから!」
「異文化……そう、大きな隔たりがあるのね
」
人間たちの間では、有翼族は滅びたとされている。
だけど魔族たちは知っていた。
人間では踏破不可能とされる、天を突く大山脈の峰々……その最も天に近い場所に、彼らは今でも郷を作って暮らしている。
人間や魔族に比べると圧倒的に数の少ない、少数民族。
下界から隔絶された場所で育まれた彼ら独自の民族性は、下界とはかなり大きな隔たりがある。
種族的に相性が悪いとされている魔族たちは、その独特な伝統文化を指して時に『変態』と呼ぶのだが……そんな事実は、まだ年若く有翼族との関係に疎いネモフィラにはとても言えない。
特に一番、彼らへの理解を困難にしている独自の謎言語……通称『ぷみぷま語』が有翼族の標準装備だなんて、とてもとても。
そう、先ほどから天使のオッサンが口にしている謎の叫び。
ぷみーぷまー……アレは、天使と呼ばれる彼ら独自の言語なのである。
ちなみに一貫してぷみーぷまーと叫んでいるようにしか聞こえないので、他の民族からすれば翻訳は困難を極める単位度AAAの難物である。
きっとガラム王家の祖に嫁いだ有翼王妃も、故郷ではぷみーぷまーと叫んでいたのだろう。
さて問題は、勇者一行を取り巻く2人の恰好が酷すぎる大男だ。
絵面が酷すぎて、別の意味で緊迫した場面と化していた。
というか突然すぎる登場に、何故彼らが臨戦態勢になっているのか、一体何がしたいのかもよくわからない。
片方は存在すら伝説と化していた希少民族なので、ますますもってこの場に居合わせていることが謎だ。
外見の珍獣度は、オッサン2人でどっこいどっこいだったが。
「ぷみーぷまー!」
「くくく……っ天使め。どうやら貴様も嗅ぎつけたようだな……この、魔力のニオイを」
「ぷみーぷまー!」
「ふっ易々と出し抜かれはしない。貴様の思惑など、わかっているぞ」
「ぷみーぷまー!」
「……ふん、目的は同じということか。だが譲りはしない」
「ぷみーぷまー!」
「そうだ。どちらが先に目的を達するか……早い者勝ち、という訳だ」
「ぷみーぷまー!」
じりじりとにじるような足取りで、互いにゆっくり位置を変えていく珍獣大男×2。
地味にポジショニング争いをしているようだが、何故か互いの中間点に勇者を据えたまま。
どうやら直線距離を塞ぐ障害物扱いになっているようだ。
周囲をゆっくりぐるぐる回られる形となり、勇者の困惑&棒立ち度が酷い。
これではまるで、強制的に『かごめかごめ』をやられているかのようだ。
「ねえ、何この状況!? なにこの状況!?」
哀れな。
勇者は既に半泣きだ!
シリアスな顔と声音で、ふざけた格好のでかいオッサン2人に絶えず周囲をぐるぐるされているのだ。
アレは自分でも泣くと思う者は、きっと多い。
逃げ出すことも出来ず、勇者は完全に腰が引けていた。
「ロニー! 俺、どうすりゃ良いの!?」
「こっちに聞くな馬鹿! 自分で何とか出来ないのか!?」
「ロニーだったら自分でなんとか出来るのかよ!?」
「自分で何とかできないものを、僕が出来るはずもないだろ!」
「え、エーデルワイスは!?」
「おほほほほほほ、ガラム様? 頑張ってくださいましね~」
「ナチュラルに見捨ててやがる!! やだなにその我関せず感、羨ましすぎる!」
予想外の危難を前に、勇者一行の愉快な仲間達も手を出しあぐねていた。
しかし彼らの戸惑いなど、お構いなしに。
恰好の奇妙なオッサン共の空気はその愉快な恰好とは裏腹にどんどん緊迫していく。
真ん中に勇者を据えたまま。
「ふっふはははは! そうか、貴様の手は読めたぞ」
「ぷみーぷまー!」
「だが思惑通りになど、させん。我が奥義、その目に焼き付けるが良い!」
「ぷみーぷまー!」
「さあ、とくと驚かせてやろうぞ。喰らえ、『らぶりぃぴんくたいふぅぅぅぅぅん』っ!!」
「っ……!! ぷみーぷまー!!」
フリル塗れのオッサンが技を放つ直前。
その隆起した上腕二頭筋や込められた気迫から、何を察したというのか。
それまでどっしりと構えていた天使(惨)のオッサンは、寸前になって顔色を変えた。
焦った色が、確かに瞳に宿っている。
そこからの天使(惨)の行動は、迅速なものだった。
「えっ」
がっしり、と。
何故か天使的なオッサンはこん棒のように太い腕を、勇者の首にぐるりと回した。
まるで背後から人質にとる立て籠もり犯のような姿だ。
オッサンの恰好が酷すぎて、勇者が変質者に絡まれる可哀想な人にしか見えない。
「ぷみーぷまー!!!」
そして、一際大きな声で叫ぶや否や。
オッサンは、飛んだ。
屈強な体に比すれば、小さめにしか見えない真っ白な翼をぱささと羽ばたかせて。
「い、いやぁぁぁぁああああああああああっ!!」
半泣き勇者の、哀れな絶叫が響く。
オッサンは何故か勇者を人質のように構えたまま、夕闇の気配濃厚な空へと飛び立ってしまったのだ。
上空を、一回二回と旋回して。
待機する時間も惜しいとばかりに、オッサンは飛んだ。
飛んでいってしまった。
「が、ガラム、さまぁぁぁあああああああ!!?」
「あらあらまあまあ」
「ひぇぇ……!」
目を剥く、ロニウスとクミン。
おっとりと驚いているようには見えない驚きを示すエーデルワイス。
誰の目から見ても、明らかに。
勇者は変質者すれすれな天使の恰好をしたオッサンに誘拐されてしまった。
ああ、なんという事でしょう……!
王国を旅立った勇者ガラム・マサラの前途や如何に!?
勇者の旅に苦難は付き物だとしても、こんな形での災難を一体誰が予想し得たというのか。
「なんなんだよ、もう! なんなんだよ、この展開ぃぃ!!」
当然ながら勇者一行は大慌てだ。
彼らにとって勇者は主筋たる王家の正当なる第三王子。
このまま放置という選択肢は、初めから無い。
だが追いかけるにしても空を飛ぶ相手に追いつけるのか……?
……そもそも、もう1人の変態的な恰好をしたオッサンが、取り残された彼らをみすみす見逃してくれるのだろうか。
最初に敵対的なポーズを取っていたオッサンを前に、懐疑的な警戒が高まっていく。
恐々と視線をやるロニウスに、しかしどうしたことか。
先程までは確かに敵対する空気があった、はず。
だというのに今になってはどうでも良さそうな空気を、フリル塗れのオッサンは放っていた。
いや、勇者一行よりも気にすべき相手(天使)が現れたことで、興味や関心が移ったと言うべきだろうか。
ピンク色塗れのオッサンは、顎でしゃくって勇者一行に「行け」と。
態度で示したのだ。見逃すと。
それがどうしてか、路傍の石ほどにしか見られていない気がして屈辱的だ。
常であれば、こんな態度を許さないのがエーデルワイスなのだが……
「……今は不問にしますわ。わたくしの可愛い駄犬の一大事ですもの」
エーデルワイス様は優先順位を見誤らないタイプだった。
「全速で追いますわよ、クミン! 道をつけなさい!」
「は、はいぃ!!」
「ロニウス、貴方も馬車にお乗りなさい」
「いや、僕は馬が……」
「クミンの馬の方が生きている馬より、余程速くてよ」
「って、その馬……骨!?」
「急いで追いますわよ」
「いや待っ……その馬なんなんだ!?」
エーデルワイスはそのほっしりとした剛腕で、ロニウスを強引に馬車へと引きずり込む。
そしてまだロニウスの足が宙に浮いてるよ! という状況でまっすぐに走り出した。
目指す進路は天使。
土が盛り上がり、木々を除けさせる形で急ごしらえの道が造られていく。
躊躇いを後に残し、勇者一行の馬車は走り出した。
あまりにも急な、勇者の誘拐劇。
後に残されたのは、混沌とした空気。
異様なピンク色衣装のオッサンは、足元に積み上がるゴリラ達をちらりと一瞥した。
そこから、何かを辿るように視線が動く。
魔女王の体が、強張った。
オッサンの視線は最終的に、間違いようもなく。
まっすぐに茂みに隠れたネモフィラとハコベへと注がれていたのだから。
「――さて、そろそろ出てきてはどうだ。魔王」
いつから気付いていたのか……最初から、気付かれていたのだろうか。
正体を言い当てられて、ネモフィラは硬直した。
相手は先代魔王の被害者。
魔王家に恨みを持っていて、当然の相手。
そして凄まじい実力を持つ歴戦の将でもある。
そんな相手に眼光鋭く睨まれているのを感じ……ネモフィラは、思わず首をすくめていた。
果たして変態的見た目の天使に攫われた勇者の身柄は無事に済むのか。
そして変態的見た目の元将軍と後に残された魔女王様もまた、無事に済むのか……?




