山ごもり
「おじい様~そんな酷い事しないでくれよ」
ツヴァイス・カーゼナル男爵が泣き叫ぶ。
「お前の為じゃ、死ぬ気で頑張って来るのじゃ」
男爵は泣き騒ぐわ、駄々っ子の様な有様だった。
俺は準備してくるから、男爵を部屋に閉じ込めておくように言うと、リューイと共に黒曜天宮に向かった。
まず初めに向かったのはリスティアード皇太子殿下の執務室だった。
待たされずにすぐ中に通されると、皇太子は俺とリューイを見て「どうしたの?何かあったの」と聞いてきた。
リューイが一通り、事情と状況を説明し、終わると俺は
「そういう事になっちまってよ、ひと月ほど留守にさせてもらいたいんだ」
リスティアード皇太子は少し考えて
「是非よろしく頼むよ。今後の帝国の為でもあるしね」
「それに本来ならそれは僕がやるべき仕事でもあるからね」
了承を得た、俺は次に不死鳥騎士団城に向かい、シュスの部屋を訪ねた。
シュスは銀色のふわふわした上着に同じ銀色のローブを短くしたようなものを帯で腰に巻いた、相変わらず美しい姿で俺を出迎えてくれた。
俺は事情を話しひと月ほど留守にする事を伝えると
シュスは悲しげな顔をしながら
「職務では仕方ありませんね、その男爵の根性を叩き直してやってきて下さい。」
「ああ」
と返事して、別れ際にシュスの小さな唇に俺の唇を合わせ、熱く熱烈に別れの挨拶を交わす。
次に不死鳥騎士団の主だった者に事情を話し、ひと月ほど留守にするが、緊急事態や急用はリューイや【火の民】5柱に伝えて、真魂交神で俺に届く旨を伝えた。
そして最後にリューイに奴隷として扱われていた【火の民】氏族出身のハナ・リツの保護と出来れば、不死鳥騎士団で面倒を見てやるよう指示し、ツヴァイス・カーゼナル男爵を迎えに行った。
あまり気は進まないが、、、
男爵邸に着くと既に全ての家令に事情は伝わっており、ツヴァイス・カーゼナル男爵が軟禁されている部屋に案内された。
扉を開けると、男爵は駄々っ子の様にイヤイヤをして俺を拒んだ。
めんどくせぇなと思って右手の拳で腹を一発殴って気絶させて、持ってきた麻袋に詰めて肩に担ぎ部屋を出る。
ライクル老貴族が杖を突きながらも、矍鑠と俺にお辞儀をする。
俺は手を振って答え、両足に真甦を集中する。
足から炎が噴き出し、高速で煙を巻き上げ焦げ臭い臭いを残しながら飛び立った。
ツヴァイス・カーゼナル男爵は1時間位して気を取り戻した。
余りの寒さに、驚きながら周りを見渡し
「ここは何処だ?」
標高2500メートルある山間の木々の中にある、洞窟の前だった。
「気が付いたか?」俺は先ほど狩猟して捕まえたシカをさばいている所だった。
男爵は「き、貴様は吾輩に無礼を働いた不届き者!」
「ぶ、武神将だか何だか知らんが吾輩に手を出して済むと思うなよ」
(うるせぇなぁ~)と思いながら
「一応言っとくがよ、ここはおめぇ一人じゃ絶対に帰れない|
山間にいる。」
「辛かったら、帰っても構わんが、家に着く前に死ぬから覚悟しとけ」
ツヴァイスは「フン、貴様の言う事など聞くものか知れ者め」と言い残し、一人歩き出す。家に帰れるつもりらしい、、、
俺はほっといて、捌いたシカを棒切れに刺して焼き始めた。
香ばしい良い臭いが、あたりに漂う。
ー2時間後
ツヴァイス男爵は半泣きの状態で、山間を迷い歩いていた。
空腹と一人ではどうにもならない絶望感、そして疲労感、、、
下に向かっているつもりがいつの間にか横に向かっていたり、急な坂が出て来たり、道らしい道が途絶えたり、体中葉や枝で傷だらけになり、泣きながら歩いていた。
「駄目だ、このままでは本当に死んでしまう、、、」
初めて感じる恐怖に体がすくむ。
両膝を地面について両腕で自分を抱きしめる。
「こ、こわい、、、死ぬのはい・や・だ、、、」
そんな時、鼻をくすぐる良い匂いが漂ってきた。
匂いにつられて、再び歩き出す、ツヴァイス男爵、、、
来てる高級な服は枝にひっかり、崖で転び、彼の心と同じようにボロ雑巾のようになっていた。
今彼を動かすのはただ一つ【生きたい】という強い気持ちだけだった。
臭いを辿って、歩く 歩く 歩く 段々匂いが強くなる。
パチパチ、火が爆ぜる音が聞こえてきた。
食べ物がある!!
焚火で明るくなった一角に肉を焼いている男が一人、、、、
ランガードである。
陽はもう完全に暮れて、周りは真っ暗だ。
ツヴァイス男爵は結局、出発地点に帰って来たのだ。
匂いにつられて、、、
ランガードはわざとシカの肉を燃やし続けたのだ、助ける事はしないが、自分で帰ってこれるようにと、、、
ツヴァイスはボロボロの様になって、ランガードの前に現れた。
俺は何も言わず「食え」とだけ言った。
男爵は貪るように肉を食べ、涙を流していた。
そして、疲れと初めて味わった絶望感やら死への恐怖が、腹を満たせたおかげで、安心してその場で眠ってしまった。
男爵が次の日の朝、起きてみると自分の上に布団の代わりの様に茣蓙と藁がかけられていた。
俺は黙って、川で組んできた水と捕まえた魚を火にかけ、朝食を作っていた。
俺は顎を振り、【食え】と合図した。
ツヴァイスはよろよろしながらも、俺が作った朝食と沸かした水をごくごく勢いよく飲んだ。
昨晩は歩き続け、シカの肉を食べただけで寝たのだから、水分が足りていないのだ、、、
俺は黙って沸かした水のおかわりを脇に置いた。
ツヴァイスは飛びつきごくごくと飲む。
男爵の目から涙が伝った、、、
俺は黙って、魚を焼いていた。
今日は洞窟の中を清潔にして湿気を取り住居とする仕事にお互い何も語らずにとりかかった。
湿気を取るのはランガードにはお手の物で一度始めに洞窟を高温で焼き払った。
驚くツヴァイス、、、
住居が確保できたので、次は食事だ。
昨日焼いて保存してあるシカは、男二人で食べても3日は余裕で持つ量だったが、毎日シカでは飽きてしまうので今日の昼飯は野菜とキノコで鍋にしようと俺は思い、雑木林の中に入っていく。
少し離れて、ツヴァイスが付いてくる。会話はない。
腰に下げた、籠に摘み取った山菜やキノコを入れていく。
その様子を見て、ツヴァイスも山菜やキノコを摘む。
2時間も山の中にいただろうか、不意にツヴァイスの後方でガサッと音がした。
ツヴァイスが振り向くと、そこには大きな虎熊が両足で立ち上がり大きく口を開けて吠える。
があああああああああー!!
思わず、ツヴァイスが腰を抜かし倒れ込む。
「た、たすけ・・・・・・」
襲いかかる大虎熊!!
BON!!
襲いかかる大虎熊の目の前で爆発が起きて炎が飛び散る。
驚いて逃げていく大虎熊。
俺は山火事になっては大変なので、周りに飛び散った炎を全て吸い取った。
「あ、ありがとう、、、」か細くお礼を言うツヴァイス男爵。
俺は「ああ」とだけ答えて、二人して洞窟に帰る。
山菜とキノコの鍋を作る為、下処理をしながら湯を沸かす。
ツヴァイスがか細げな声で
「わ、吾輩、、、ぼ、僕も取ってきた、、、」
俺は男爵が取って来た、キノコや山菜を見て
「このキノコ食ったら死ぬぞ。毒キノコだ」
「それにこの山菜は痺れ草だ、3日は痺れて動けなくなる」
男爵は憔悴してひとりごとの様に呟く
「僕は何も知らない、何も一人ではできない、、、」
俺はツヴァイスが取って来たキノコの中から一つを選び
「こいつは高級品のキノコだ。焼くと香りがすげぇ良いんだぜ」
ツヴァイスが少し晴れやかな顔をする。
俺は鍋を作りながら、「明日は温泉探してのんびりするか」と言うと、ツヴァイスが「お、温泉とは何ですか?」
「風呂だ風呂、もう何日も入ってねぇだろ」と言い捨て
後は2人とも黙って、山菜キノコ鍋を食べて就寝した。
俺は一応、洞窟の入口に燃え尽きない真甦の焚火を獣よけに準備して寝た。
次の日も爽やかに晴れ渡り、空気がキリっとして綺麗で美味しく感じた。
昨晩の残りのキノコを焼き朝食を済ませると、二人は温泉探しに出かけた。
俺は炎元郷で沢山ある温泉の場所を知っていたので、この山の何処に行ったら温泉があるかすぐにわかり、獣道を枝や葉を即席で作った棒切れでかき分けながら進んだ。
丁度、真昼。
陽が真上にある頃に温泉場に着いた。
俺は直ぐに服を脱ぎ棄てる。
男爵は俺の細身だが鍛えられた背中を見てつぶやく、、、
「凄い傷だらけだ、、、」
俺は温泉に入りながら
「6歳の時からおりゃ、戦場で傭兵稼業していたからよ、傷跡なんて体中数えきれねぇくらいあるぜ」
ツヴァイスはか細く「6歳から、、、戦場に、、、」
「あなたの親はどうしたのですか?」
俺は温泉につかりほっこりしながら
「おめぇと同じだよ、親なんてもんは見た事もねぇし、しらねぇよ」
(さすがに神の生まれ変わりだからとは言えなかった、、、)
「寂しくはなかったのですか?」
俺は「生きるのに精一杯で、寂しいなんて思ったことはなかったな」
「ぼ、僕は寂しくて、寂しくて、その心の隙間を埋めるために物で満たそうとしていた、、、」
ツヴァイスはうつむき、寂し気に囁いていた。
俺は「いいから、入れよ気持ちいいぞ」
ザブン。
「あたたかい、、、」ツヴァイスは少し元気になる。
1時間ほど二人で温泉につかって、洞窟に帰る事にした。
大体3時間くらいの帰り道だった。
ツヴァイスにも即席の棒きれを作ってやり、枝をこれでかき分けて行けと棒切れを渡す。
俺が先頭に立ち、来た山間の道をかき分け帰っていく。
2時間も二人で歩き続けて、、、
俺が後ろを振り返り「ここから先は、あぶねぇから俺の通った道をちゃんとついて来い」男爵は「はい」と返事をする。
15分も歩いていると、後方間近で大きな鳥が飛び立ちその音にびっくりするツヴァイス・カーゼナル。
体の体勢が崩れて、横に転がる、、、
俺は振り向きざま「馬鹿そっちは崖だぞ!!」
草や木で隠れていてわからなったのだが、崖っぷちを歩いていたのだ。
転げ落ちる、ツヴァイス男爵「う、うわぁあああああー」
直ぐに俺は助けに飛ぶ。
男爵は崖下に落ちて、横倒しになっていた。
高さは6メートル位でそれほどでもないが、岩がかなり切り立った崖で、ツヴァイス男爵は岩に激突したようで右足の太ももから膝下までかなり大きな傷口がぱっくり開き負傷をしていた。
血もかなり出血していて、重傷だ。
直ぐに俺はツヴァイスを背中に担ぎ、洞窟迄飛んだ。
意識はある。傷は深いが骨迄はいっていない。
きれいな水で、傷口を洗う。
俺は感情を込めずに「傷口を焼いて消毒する。」
「かなり痛ぇが、我慢できるか?」
血だらけの男爵は首を縦に振る。
俺は手のひらより炎を細く鋭く調節して、男爵に布切れをかませてやる。
傷口を一気に太ももから膝下まで滅却消毒する。
ツヴァイスは噛んだ、布切れ越しに悲鳴を上げ続ける。
「ぐばぁああああ!!」
顔中から汗が吹き出し、目が血走り、意識を失った。
俺は傷口を焼き尽くすと、清潔な布で傷口をグルグル巻きにして洞窟の中を暖かくして、入り口に真甦の焚火を炊いた。
ツヴァイスは夜になると、高熱が出て体中から汗が出ているのに手足は死人のように冷たかった。
俺はツヴァイスの手を握り、真甦を流し込み続けた。
赤い靄が二人を包み込む、、、優しく優しく
俺はただひたすら手を握り真甦を流し込んだ、、、
そして
三日目、熱はやっと下がり意識が戻った。
目を開いたツヴァイスと手を握っている俺は目が合った。
俺が「気が付いたか、死なずに済んだな」
ツヴァイスは朦朧としながら「ぼ、僕は一体、、、そうだ崖から落ちて、、、」
自分の手を握り続けている俺を見て「僕はどのくらい意識を失っていたのですか?」
握っていた手を放しながら俺は答える「まる三日だ。死んでいてもおかしくなかったぜ」
ツヴァイスは「あなたはずっと僕の看病を、、、」
「三日ぐらい寝なくたって、どって事ねぇよ。」俺は初めてツヴァイスに対して微笑んだ。




