3-26 本の入手と勉強会
夏の上月45日。
苦節10年いよいよ本を入手できることになった。
今日は特に予定もなかったため良かったよ。
本屋に到着した。
「こんにちはー」
「いらっしゃい。待ってたわ」
相変わらず客がいない店だ。今のところ他の客との遭遇率0パーセントを誇っている。
「本日はよろしくお願いします」
「お願いされました。それでこれがウィル君が頼んでた本よ」
ウィルは写本(0からの王国語入門1)を手に入れた。未使用分の紙も回収した。
「じゃあ早速勉強を始めようと思うんだけど大丈夫?」
「ボクは大丈夫です。店主さんこそ仕事は大丈夫なんですか?」
「ええ今日はウィル君のために空けてあるわ」
ありがとうございます。
地下は暗いので建物の3階まで上がって来た。3階はこの店主さんの自宅だ。
「じゃあ始めるわよ」
「はい」
文字の勉強が始まった。店主さんが写本元を俺が写本を開いてる。
「おや、珍しい筆記具を使いますね」
「そうかしら、使い勝手が良いんですけど。何かおかしいですか?」
「いえ、ボクの周りではほとんど見かけなかったもので、ただ珍しいと思っただけです」
「そおう?」
店主さんが使ってる筆記具は木板に蝋を敷いた所謂蝋板とその蝋を削るための細い棒だ。ちなみに俺は紙以外の時には木板に石筆だ。先生役が長いせいだろうか、すっかり黒板とチョーク気分でこれを使い続けている。
蝋板の方が細かい文字を書けるので用意するのもありかもしれん。
「じゃあ気を取り直して始めるわよ。教えるの初めてだから上手く教えれるか分からないけどよろしくね」
「いえ、こちらがお願いしてる立場です。そんなこと気にしないでください」
「まずは全ての文字の紹介から始めましょうか」
この国の全ての文字が紹介された。
文字数は全部で32字で俺自身は28字まで見た事があり、4字が初見だった。店主さん曰くだいたい26字ぐらいが一般的に使われることが多い字で残り6字がレアな文字らしい。確かに使用頻度の偏りは絶対にあるからな。
大文字小文字やひらがなカタカナの様な同音異字?は存在せず全32字で、それに数字と約物が付随する文字体系だ。
カキカキ。
次に単語ゾーン。挿絵と文字が対応しているページに突入した。
「少しよろしいですか?」
「はい、ここまでで分からないところありましたか?」
「いえ、そうではなくてここからちょっと勉強の方法を変えたいと思いまして」
「・・・それは私の教え方がへたってことですか」
「そうではありません。なぜボクが挿絵なしと指定したのかをここで説明しようと思いまして」
「確かに不思議には思ってましたが、ここで勉強するからその時に何とかするかと思ってましたが」
「はい、そうです。その方法を説明します。まずこの単語を読んでいただけますか」
店主さんがその単語を読んで、俺がその上に改変ひらがなを記入した。
「ウィル君、それは?」
「これは昔作った発音記号です。発音と1対1対応していて、これがボクが挿絵なしと指定した理由です。店主さんに単語の文字を読んでもらってボクが発音記号を記入することで挿絵がいりません。まぁ分かりにくいものは補足で何か書き込みますが」
今の俺は単語を聞いてそれが何か理解はできるが、単語を見て理解できない特殊な状況だからこそできる手でもある。
「えっ・・・ちょっとそれどういうことよ!!」
「落ち着いてください店主さん」
「落ち着けって、あなたそれがどういう事か分かってるの」
「どういう事も何も、一般市民にとって文字を覚えるのは予算的にも時間的にも厳しいため大人ですらまともに読めません。そんな環境で育ちましたので独学しかありませんでした。その結果がこの発音1対1対応の発音記号なんです」
「納得いかないわ。独学にしても文字を作るなんて発想が異常よ」
「全文字が32字であることをさっき知った環境にいた人ですよ。本に囲まれて育った人とは発想が異なるのは摂理でしょ」
「・・・・・・それで私は単語を読めばいいのよね」
店主さんがとりあえず折れてくれたらしい。
「お願いします」
昼前には全ての単語に読み仮名の記入し終え、今度は俺がその発音記号を読んでその単語があってるかを確認した。
「これもあってるわね。・・・ホントあなたは何者。その歳でここまで精度の高い発音記号を作ったりするなんて」
「発音を分解して記号を当てはめ、何度も修正を加えただけです。作業としてはただの試行錯誤ですよ」
「・・・・・そうなのかしら?・・・個人の研究書にはたまに独自記号で暗号化していて読めないものがあると聞いたことあるけどそれと似たようなものかしら」
「似たようなものですね。今回はボクさえ読めれば事足りますので」
「・・・まあこの件はもういいわ。
じゃあ面白い物を見せてくれたお返しに面白い物をみせてあげるわ。これを読んでみて」
店主さんが示した単語を読んだ。別に面白くも何ともないこの勉強前から読めた単語の1つだ。
「うん、じゃあよーく聞いててね」
今度は店主さんがその単語を読んだ。
ん?
「・・・何か違いますね」
「あら1回で分かっちゃった。耳良いわね」
「発音を変えたのは分かりますが、それが何なんですか?」
「何って言うか、私たちが普段使ってるのは王国語のネマール訛りなの。訛りって分かる?それでさっきのが王都の方での発音ね」
「訛りは分かりますが。・・・そうですか、・・なるほど。店主さんは王都の出身なんですか?」
「ふふ、ざんねん。生まれも育ちもこの都市よ。ただ、貴族の中にはこの王都の発音をする人も多いから覚えたのよ。どう、面白かった?」
「ためになります。今度の交易祭の時注意深く聞いてみると面白そうですね」
「狙うなら新人にしなさい。長年来ている人はその辺は使い分けるわ」
「なるほど」
こうして文字の勉強は終わった。
勉強が終わると昼時だったのでそのまま談笑に入った。
「……それでその人なんて言ってたと思う。店の人呼んできて、よ。私はこの店の店主よ。まったく」
「・・店主さんお若いですしね。まさか店の店主なんて初めての人は気づかないでしょう」
「その間が気になるわ、ウィル君も私のこと店主っぽくないって思ってるんでしょう」
「いえいえ、まったくそんなこと思ってませんよ。ええそれはまったく」
「ウソね、さぁ言いなさい私のどういうところが店主に見えないってことを」
「それはもちろん先ほど言ったようにお若いことではないですか?」
「濁してるわね」
「自覚あるんだったら、ボクが言う必要ありますか?」
「で、でもそれ以外の可能性も無いわけじゃないわよね」
店主さんリアルに店の店主には見えない。なぜなら低いのだ。背が。
それはもう成人女性の平均身長を大きく下回る背しかなくて、完全に店番の子どもにしか見えないのだ。本人も自覚あるみたいだがこればっかりはどうしようもない。シークレットブーツ?
「・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・ないのね」
こうして哀愁漂う店主さんにお礼を告げ、家路についた。
ウィル君、ついに文盲卒業?への一歩を踏み出しました。




