第一章 星々への旅立ち 第二話 魔法学園と最初の出会い
俺の名前は、ハルト・エルシオン。
……いや、正確には、今の俺の名前がそうらしい。
事故で死んだはずの俺は、神を名乗る謎の人物と出会い、魔法が存在する異世界へと転生した。
そして現在。
「ハルト? どうしたの? さっきから学生証ばかり見てるけど」
「いや……自分の名前を確認していただけ」
「自分の名前くらい覚えておきなさいよ」
目の前の少女が、呆れたようにため息をついた。
彼女の名前は、リリア・フェルネ。
少なくとも、俺の記憶にはない人物だ。
しかし、彼女は俺を知っているらしい。
どうやら俺は、この世界でハルト・エルシオンという少年として生活していたことになっているようだ。
転生とは、記憶だけが別人になるものなのか。
それとも、神が何か細工をしたのか。
今の俺には分からない。
「とにかく、早く準備して。入学式に遅れるわよ」
「分かった、分かった!」
俺は慌てて制服に着替えた。
鏡に映る姿は、以前の俺とは違っていた。
少し明るい色合いの髪に、整った顔立ち。見た目は十代半ばくらいだろうか。
これが俺の新しい人生か。
そう思うと、少しだけ胸が高鳴った。
◇
星辰魔法学園。
そこは、この世界でも有数の魔法教育機関らしい。
校門をくぐった瞬間、俺は思わず足を止めた。
「……すげえ」
広大な敷地の中央には、巨大な白い塔がそびえ立っていた。
校舎の周囲には、魔法で浮かぶ庭園や、水が空中を流れる噴水がある。
空を見上げれば、箒のような乗り物に乗って移動する生徒までいた。
まさに、ファンタジーの世界だ。
「初めて見るものばかり?」
リリアが俺の顔をのぞき込んだ。
「いや、その……改めて見るとすごいなと思って」
「ふふっ。入学したばかりの頃は、みんな同じ反応をするのよ」
俺は苦笑してごまかした。
本当は、入学したばかりどころか、この世界そのものが初めてなのだが。
そんなことを説明しても、信じてもらえるはずがない。
「さあ、講堂へ行きましょう」
リリアに促され、俺たちは校舎の中へと入った。
◇
入学式は、想像していたよりもずっと厳かなものだった。
壇上に立った学園長は、魔法の歴史や学園の理念について語った。
魔法は、人々の暮らしを支える力であると同時に、使い方を誤れば大きな災いをもたらす力でもある。
だからこそ、力を学び、責任を知り、自分の意志で未来を選ぶことが大切なのだという。
……なんだか、神が言っていたことにも通じる気がする。
俺は話を聞きながら、昨日までの自分を思い出していた。
普通の生活を送っていた俺が、まさか異世界で魔法を学ぶことになるなんて。
人生は、本当に何が起きるか分からない。
「それでは、新入生の皆さん。これより魔力測定を行います」
学園長の言葉に、講堂がざわめいた。
魔力測定。
どうやら、自分がどれほど魔法を扱えるのかを調べるらしい。
生徒たちが順番に壇上へ上がり、中央に置かれた透明な水晶に手を触れていく。
水晶は、それぞれの魔力に応じて色を変えた。
青、赤、緑、紫。
中には、強い光を放つ生徒もいた。
「すごい……」
俺が呟くと、リリアが説明してくれた。
「魔力の量だけじゃなく、性質や制御のしやすさも測定しているの。結果によって、これからの授業内容も変わるのよ」
「なるほど」
俺の番が近づくにつれて、少しずつ緊張してきた。
そもそも俺は、この世界の魔法について何も知らない。
使い方どころか、魔力がどんなものなのかさえ分からないのだ。
「次、ハルト・エルシオン君」
「はい!」
名前を呼ばれ、俺は壇上へ上がった。
透明な水晶の前に立つ。
そして、そっと手を触れた。
――その瞬間。
水晶の内部に、小さな光が灯った。
次の瞬間、光は急激に膨張し、水晶全体を満たしていく。
「なっ……!?」
水晶の表面に、見たこともない紋様が浮かび上がった。
星のような光がいくつも現れ、それらが線で結ばれていく。
まるで、夜空に星座が描かれているかのようだった。
講堂が静まり返った。
学園長が目を見開き、測定器を確認する。
「これは……いったい……」
水晶が一瞬、黒く染まった。
その中心に、細い亀裂のような光が走る。
――INFINITY DISASTER。
聞こえるはずのない声が、俺の頭の中に響いた。
俺は反射的に手を離した。
水晶は元の透明な姿に戻り、何事もなかったかのように静まり返った。
「ハルト……今の、何だったの?」
リリアが不安そうに尋ねる。
「俺にも分からない」
それは本当だった。
ただ一つ分かるのは、あの神が告げた災厄と、今の現象が無関係とは思えないということだった。
◇
魔力測定の後、俺は講堂の外に呼び出された。
待っていたのは、学園長だった。
「ハルト君。先ほどの現象について、何か心当たりはあるかね?」
「いえ……本当に何も」
学園長はしばらく俺を見つめていたが、やがて静かに頷いた。
「分かった。今日のところは、これ以上追及しないことにしよう。ただし、あの現象については調査させてもらう」
「はい」
俺は頭を下げた。
学園長が去った後、壁にもたれかかって大きく息を吐いた。
初日から、とんでもないことになってしまった。
「やっぱり、普通じゃないわね」
振り返ると、リリアが腕を組んで立っていた。
「何が?」
「あなたよ。魔力測定であんなことが起きるなんて、聞いたことがないもの」
「……そうだよな」
「でも、少し羨ましいかも」
「え?」
「だって、何か大きな可能性を秘めているってことでしょう?」
リリアは笑った。
「私も、いつか誰も見たことのない場所へ行ってみたいな」
その言葉を聞いた瞬間、俺は思い出した。
神が言っていたこと。
十一人の仲間を集め、星々の彼方へ向かえ。
もしかしたら、彼女もその仲間の一人になるのだろうか。
まだ分からない。
けれど、俺は少しだけ彼女のことを知りたいと思った。
「リリアは、どこへ行きたいんだ?」
「そうね……誰も行ったことのない世界かな。見たことのない景色を見て、知らない人たちと出会ってみたい」
彼女は窓の外を見つめた。
「この世界の外にも、たくさんの世界があるって聞いたことがあるの。いつか、本当に行けたらいいのにね」
俺は思わず笑ってしまった。
「……それ、案外すぐに叶うかもしれないぞ」
「え? どういう意味?」
「いや、なんでもない」
俺はまだ、何も話すことができなかった。
神との約束も。
十一人を集める使命も。
そして、宇宙へ向かうという途方もない計画も。
今はまだ、俺一人の秘密だった。
◇
その夜。
寮の自室で一人になった俺は、机に置かれた学生証を眺めていた。
ハルト・エルシオン。
これが、俺の新しい名前。
これから先、どんな人生が待っているのだろう。
そう考えていた時だった。
視界の前に、突然、青白い文字が浮かび上がった。
『転生者ハルト・エルシオン』
俺は椅子から立ち上がった。
「なっ……何だ、これ!?」
『第一段階の確認を完了』
『候補者の探索を開始する』
文字が次々と現れる。
そして、最後に一つの文章が表示された。
『十一人を集めよ。最初の仲間は、すでにお前の近くにいる』
「……リリアのことか?」
返事はなかった。
文字は光の粒となって消えていった。
窓の外には、二つの月が浮かんでいた。
その向こうに広がる、果てしない星空。
俺は拳を握りしめた。
「十一人、か……」
まだ何も始まっていない。
仲間も、力も、宇宙へ行く手段もない。
それでも、進むしかないのだろう。
あの神が俺をこの世界へ送り出した理由を知るためにも。
そして、いつか訪れるという災厄の正体を突き止めるためにも。
「やってやるよ」
俺は、誰にともなく呟いた。
こうして、俺の新たな人生は動き始めた。
最初の仲間との出会いとともに。
そして、まだ誰も知らない銀河の運命を巻き込んで。




