第一章 星々への旅立ち 第三話 十一人への第一歩
翌朝。
ハルト・エルシオンは、窓から差し込む朝日を浴びながら目を覚ました。
「……昨日のあれ、夢じゃないよな」
ベッドから起き上がり、ぼんやりと天井を見つめる。
昨日、星辰魔法学園で起きた異変。
魔法適性を測定する結晶に浮かび上がった、見覚えのない紋様。そして、その中に刻まれていた文字。
《INFINITY DISASTER》
さらに夜には、目の前に謎の文字が浮かび上がった。
『転生者:ハルト・エルシオン』
『第一段階の確認を完了』
『候補者の探索を開始』
『十一人を集めよ。最初の仲間は、すでにお前の近くにいる』
あれが神からの指示なのだとすれば、自分にはやるべきことがある。
しかし、肝心の十一人が誰なのか、どこへ向かえばいいのかさえ分からない。
「考えても仕方ないか……」
ハルトは顔を洗い、制服に着替えた。
まずは学園で情報を集める。
それが今できる、最初の一歩だった。
◇
「おはようございます、ハルトさん!」
寮を出ると、リリア・フェルネが待っていた。
「おはよう。朝から待っていたのか?」
「はい! 昨日はいろいろ大変でしたから、今日は一緒に学園を回ろうと思って」
「それは助かる。実は聞きたいこともあったんだ」
「聞きたいこと?」
「昨日の魔法結晶のこと。あのあと、何か分かった?」
リリアは少し考えてから答えた。
「詳しいことは、まだ分かっていないみたいです。先生方が調査しているそうですが、今までに見たことのない反応だったとか」
「やっぱり、普通じゃなかったんだな」
「はい。それと、今日の午前中は新入生向けの合同実習があるんです。魔法の基礎を確認するためのものなので、ハルトさんも参加することになっています」
「合同実習か……」
魔法のある世界に転生した以上、自分にも魔法が使えるのか確かめておきたい。
ハルトはうなずいた。
「行ってみよう」
リリアと並んで歩き始めた、そのときだった。
「そこの二人、少しいいか?」
落ち着いた声が聞こえた。
振り返ると、銀青色の髪を整えた少年が立っていた。姿勢はまっすぐで、制服にも乱れがない。
「君がハルト・エルシオンだな?」
「そうだけど……」
「私はセドリック・アルヴェイン。生徒会長を務めている」
セドリックは丁寧に一礼した。
「昨日の魔法適性測定で起きた現象について、いくつか確認したいことがある」
ハルトの胸がわずかに高鳴った。
「俺に?」
「君が測定を受けた際、結晶に異常が現れたと聞いている。もっとも、君だけが原因だと決まったわけではない。だが、当事者から話を聞く必要がある」
冷静で、筋の通った説明だった。
「分かった。俺が覚えている範囲なら話すよ」
「協力に感謝する。詳しい調査については、担当の先生方から改めて説明があるはずだ」
セドリックはそう告げると、手元の書類を確認した。
「それから、合同実習の集合場所は第二演習場だ。遅刻しないように」
「ありがとう、セドリック」
「礼には及ばない。生徒会長として当然のことをしたまでだ」
そう言って去っていく背中を、ハルトは見送った。
「真面目な人だな」
「セドリック先輩は、学園でもとても信頼されているんですよ」
リリアが説明する。
「少し厳しいところもありますけど、困っている人を放っておけない人なんです」
「なるほどな」
ハルトは、彼の名前を心に留めた。
――セドリック・アルヴェイン。
まだ分からないことだらけの学園で、最初に自分から話しかけてきた人物だった。
◇
第二演習場に着くと、大勢の生徒たちが集まっていた。
広い訓練場の中央には、魔法の練習に使う標的や防御用の結界が設置されている。
「よーし! 今日も張り切っていこうぜ!」
ひときわ大きな声が響いた。
声の主は、金茶色の髪をした少年だった。
彼は周囲の生徒たちに気軽に話しかけながら、楽しそうに笑っている。
「あっ、ハルト!」
少年はハルトを見つけると、すぐに駆け寄ってきた。
「昨日はあんまり話せなかったよな。俺、フィン・アステル! よろしく!」
「ハルト・エルシオンだ。よろしく」
「よし、これで知り合いが一人増えた!」
あまりにも屈託のない笑顔だった。
「知り合いを増やすのが好きなのか?」
「もちろん! 友達が多いほうが楽しいだろ?」
フィンは当然のように答えた。
そのとき、演習場の反対側から怒鳴り声が響いた。
「だから、俺は間違ってねえって言ってんだろ!」
生徒たちが一斉にそちらを向く。
赤みがかった黒髪の少年が、別の生徒とにらみ合っていた。
「お前が勝手に決めつけたんだろうが!」
「何だと?」
今にも殴り合いが始まりそうな雰囲気だった。
「あー……またか」
フィンが額に手を当てる。
「どうしたんだ?」
「ガルドだよ。ガルド・ヴァルガス。あいつ、すぐ熱くなるんだ」
その名前を聞いたハルトは、騒ぎの中心にいる少年を見つめた。
ガルドは周囲の視線など気にする様子もなく、相手をにらみつけている。
「おい、ガルド! 実習前から騒ぎを起こすな!」
セドリックが駆け寄ってきた。
「うるせえ、生徒会長! こいつが先に突っかかってきたんだ!」
「事情は後で聞く。今は合同実習の時間だ。ほかの生徒に迷惑をかけるな」
「チッ……」
ガルドは不満そうに舌打ちしたものの、拳を下ろした。
相手の生徒も教師に促されてその場を離れ、騒ぎはひとまず収まった。
「悪かったな。見苦しいところを見せた」
セドリックがハルトたちに向き直った。
「いや、気にしてないよ」
ハルトが答えると、ガルドがこちらを向いた。
「……お前、昨日の測定で妙なことが起きたっていう奴か?」
「妙なこと?」
「結晶が光ったとか、変な模様が出たとか聞いたぜ」
ガルドは遠慮なくハルトを観察した。
「別に、俺が何かしたわけじゃないと思うけどな」
「へえ。なら、お前がどれだけの実力なのか見てみてえな」
「ガルド!」
セドリックがたしなめる。
「まだ実習も始まっていない。勝手な挑発は慎め」
「分かってるよ!」
ガルドはそっぽを向いた。
「……まあいい。覚えておけよ、ハルト。いつか勝負しようぜ」
そう言い残し、彼は自分の集合場所へ歩いていった。
ハルトは思わず苦笑した。
「ずいぶん勢いのある人だな」
「悪い奴じゃないんだけどなあ」
フィンが肩をすくめる。
「ただ、あの調子だから誤解されやすいんだよ」
ハルトは、ガルドの後ろ姿を見つめた。
あの少年と一緒に何かをすることになるのだろうか。
今のところ、想像もつかなかった。
◇
「全員、集合!」
演習場に教師の声が響いた。
生徒たちが整列すると、一人の男性が前へ出た。
落ち着いた紺色の髪に、鋭さを秘めた眼差し。教師らしい雰囲気をまとっているが、その身体つきからは相応の鍛錬を積んできたことがうかがえる。
「私はレオンハルト・グレイヴ。本日の合同実習を担当する」
レオンハルトは生徒たちを見渡した。
「今回の目的は、諸君の魔法制御能力と判断力を確認することだ。単純に強い魔法を放てばいいというものではない。状況を見極め、必要な力を必要なだけ使う。それを忘れるな」
彼の声には、聞く者を自然と集中させる力があった。
「それでは、最初の課題に移る。各自、指定された標的に対して魔法を使用し、制御の正確さを示せ」
生徒たちが順番に課題へ取り組み始めた。
ある者は火の魔法で標的を撃ち抜き、ある者は風を操って複数の標的を同時に動かす。
ハルトは、自分の番を待ちながら周囲の様子を観察していた。
魔法を使うには、ただ力を込めればいいというわけではないらしい。
魔力の流れを感じ取り、意識を集中させる必要があるようだった。
「次、ルシアン・エルフェルト」
名前を呼ばれた少年が前へ進み出た。
紫色の髪に眼鏡。落ち着いた表情の彼は、標的を一瞥してから手をかざした。
すると、複数の魔法陣が空中に展開された。
光の弾が正確に標的へ飛び、ほぼ同時に中心を撃ち抜く。
無駄のない動きだった。
「見事だ。魔力の配分も申し分ない」
レオンハルトが評価する。
「ありがとうございます」
ルシアンは淡々と答えた。
「魔法は感覚だけで扱うものではありません。構造を理解し、適切に制御することが重要です」
「確かに、それも大切だな」
レオンハルトはうなずいた。
「だが、実戦では理論どおりにいかない状況もある。そこをどう乗り越えるかが、今後の課題だ」
「……覚えておきます」
ルシアンは少しだけ考え込んだあと、列へ戻った。
ハルトは、そのやり取りに興味を引かれた。
魔法を研究し、理論を組み立てる少年。
そして、経験に基づいて助言する教師。
この世界には、自分がまだ知らないことがいくらでもある。
その事実が、少しだけ嬉しかった。
◇
やがて、ハルトの番が近づいてきた。
彼は標的を見つめ、ゆっくりと息を吸う。
魔法。
それは、前の世界では物語の中にしか存在しなかった力だ。
今、自分はそれを使えるかもしれない。
「ハルト・エルシオン。前へ」
レオンハルトに呼ばれ、ハルトは一歩踏み出した。
「まずは基本的な魔力制御から始める。手を前に出し、体内の魔力を感じ取ってみろ」
「分かりました」
ハルトは目を閉じた。
自分の内側に意識を向ける。
すると、胸の奥に小さな熱のようなものを感じた。
それはゆっくりと広がり、腕を通って手のひらへ集まっていく。
次の瞬間。
淡い光が、ハルトの指先に灯った。
「おっ……!」
フィンが声を上げる。
ハルト自身も驚いていた。
魔力を感じることができた。
少なくとも、何もできないわけではないらしい。
しかし、その光はすぐに揺らぎ、消えてしまった。
「……消えた?」
ハルトが手のひらを見つめる。
「初めてにしては悪くない」
レオンハルトが告げた。
「魔力を感じ取ることはできている。だが、まだ制御が安定していないな。焦らず、少しずつ練習するといい」
「はい」
ハルトはうなずいた。
そのとき、視界の端に何かが映った。
演習場の隅に立つ、セドリックの姿だった。
彼はハルトを見つめていた。
生徒会長として異常を警戒しているのか。それとも、何か別のことを考えているのか。
その表情からは読み取れなかった。
ハルトは小さく息を吐いた。
昨日の結晶に現れた紋様。
夜に届いた謎のメッセージ。
そして、自分の中にある、まだ知らない力。
すべてがつながっているような気がした。
けれど、今はまだ答えを急ぐべきではない。
まずはこの世界を知ること。
仲間になるかもしれない人々と出会い、自分に何ができるのかを確かめること。
それが、使命を果たすための第一歩なのだろう。
「よし……」
ハルトは、もう一度手のひらを握りしめた。
まだ何も始まっていない。
だからこそ、これから何が起こるのか楽しみでもあった。
そのとき、演習場の遠くで、誰かがこちらを見ている気配がした。
ハルトが振り返ったときには、そこにはもう誰もいなかった。
気のせいだったのだろうか。
それとも――。
少年の知らないところで、運命の歯車は静かに回り始めていた。




