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狐火の御神渡り  作者: San


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5/8

狐火の御神渡り  5

数日後。


 


 街には霧が出ていた。


 


 白い。


 


 薄い霧が、廃墟のビルの隙間をゆっくり流れている。


 


 少女は商店街を歩いていた。


 


 シャッターは閉じたまま。


 


 割れたガラスの破片が、靴の下で小さく鳴る。


 


 頭上には、色褪せた旗。


 


 “夏祭り開催”


 


 文字だけが残っていた。


 


 その通りには、墓が多かった。


 


 一つや二つではない。


 


 まるで店の数と同じくらい。


 


 花屋の前。


 


 薬局の横。


 


 ゲームセンター跡の入口。


 


 誰もいない商店街を、墓だけが埋めていた。


 


 少女は歩きながら、それを見ていた。


 


 最初は恐ろしいものだと思っていた。


 


 だが今は違う。


 


 墓を見ると。


 


 この下には、誰かの人生があると思うようになっていた。


 


 少女は商店街の奥へ進む。


 


 そこで、一軒の店の前で足を止めた。


 


 古い時計店だった。


 


 看板には、


 


 “野崎時計店”


 


 とかろうじて読める。


 


 ショーウィンドウには、止まった時計が並んでいた。


 


 全部、違う時間を指している。


 


 少女は店内へ入る。


 


 扉のベルが鳴った。


 


 乾いた、小さな音。


 


 店の中は暗かった。


 


 壁一面に時計。


 


 丸い時計。


 


 細長い時計。


 


 鳩時計。


 


 どれも止まっている。


 


 けれど。


 


 奥の方から、微かに音がした。


 


 カチ。


 


 ……カチ。


 


 少女はゆっくり歩く。


 


 そして、店の奥でそれを見つけた。


 


 小さな墓。


 


 椅子の隣。


 


 作業机の前。


 


 まるで。


 


 そこに座っていた人が、そのまま埋葬されたみたいだった。


 


 墓標には文字。


 


『野崎 恒一』


 


 少女は静かにその名前を見る。


 


 風はない。


 


 時計の音だけが続く。


 


 カチ。


 


 ……カチ。


 


 少女は周囲を見回した。


 


 作業机には工具。


 


 分解された時計。


 


 途中まで飲まれたコーヒーの跡。


 


 そして。


 


 壁に、小さな紙が貼られていた。


 


『修理中』


 


 少女はその文字をじっと見つめる。


 


 もう誰も来ない店なのに。


 


 まだ修理の途中みたいだった。


 


 少女は墓の前に座る。


 


 しばらく、そのまま。


 


 時計の音を聞いていた。


 


 やがて。


 


 近くに置かれていた古いスコップを手に取る。


 


 土を掘る。


 


 ざく。


 


 ざく。


 


 この頃にはもう、掘ることに慣れていた。


 


 だが慣れていることが、少しだけ怖かった。


 


 人の墓を掘ることが。


 


 日常になり始めている。


 


 やがて木箱が現れる。


 


 少女はゆっくり蓋を開けた。


 


 骨。


 


 そして。


 


 一冊の分厚いノート。


 


 表紙には、小さく文字。


 


『時計屋の日記』


 


 少女はページを開く。


 


『二月二日


 また時計が一つ壊れた。


 最近の時計は便利すぎる。


 便利なものほど、直しにくい』


 


 少女は読む。


 


『昔の時計はよかった。


 面倒だし、遅れるし、止まる。


 でも、だから好きだった』


 


 ページをめくる。


 


『客によく言われる。


 なんで儲からない時計屋なんて続けてるんですかって』


 


 次の行。


 


『俺もわからん』


 


 少女は少しだけ瞬きをした。


 


 文章なのに。


 


 どこか声が聞こえる気がした。


 


 ぶっきらぼうで。


 


 少し笑っているような声。


 


『でも、時計を直してる時だけは静かなんだ』


 


『時間って不思議だ。


 みんな前に進んでると思ってる。


 でも本当は、壊れた場所で止まったままの人間もいる』


 


 少女はそこで読むのを止めた。


 


 店の中を見る。


 


 止まった時計達。


 


 違う時間を指したままの針。


 


 誰もいない店。


 


 なのに。


 


 この場所だけ、まだ時間が残っている気がした。


 


 カチ。


 


 ……カチ。


 


 奥で、ひとつだけ動いている時計が鳴る。


 


 少女はまた、静かにページをめくった。

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