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狐火の御神渡り  作者: San


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3/8

狐火の御神渡り 3

次の日。


 


 雨は止んでいた。


 


 空は薄く白い。


 


 雲の切れ間から、弱い光が街へ落ちていた。


 


 少女は駅前を歩いていた。


 


 濡れた道路。


 


 崩れたガードレール。


 


 風で転がる空き缶。


 


 世界は相変わらず静かだった。


 


 だが。


 


 昨日までとは少しだけ違って見えた。


 


 この街には人がいた。


 


 笑って。


 


 悩んで。


 


 アイスを食べて。


 


 進路に迷って。


 


 泣いて。


 


 そういう人達が。


 


 たしかに。


 


 ここに。


 


 少女は歩道橋を上がる。


 


 途中で足を止めた。


 


 遠くまで街が見える。


 


 ビル群。


 


 止まった高速道路。


 


 草に埋もれた線路。


 


 そして。


 


 墓。


 


 やはり至る所にある。


 


 屋上。


 


 交差点。


 


 公園。


 


 まるで人々は、自分の好きだった場所へ埋葬されたみたいだった。


 


「……」


 


 少女はしばらくそれを眺めていた。


 


 やがて歩き出す。


 


 今日は海の方へ向かった。


 


 街を抜ける。


 


 シャッター街を通り。


 


 壊れた映画館を過ぎ。


 


 誰もいない水族館の前を歩く。


 


 ガラスの向こうでは、大きな水槽だけが暗く残っていた。


 


 魚はいない。


 


 水も半分以上抜けている。


 


 けれど。


 


 光の加減で、水面だけがゆらゆら揺れていた。


 


 少女は少しだけ立ち止まる。


 


 綺麗だと思った。


 


 なぜそう思ったのかはわからない。


 


 でも。


 


 胸の奥で、なにかが小さく動いた気がした。


 


 そのまま海沿いへ出る。


 


 波の音。


 


 それだけが、この世界でまだ生きている音みたいだった。


 


 防波堤には草が伸びている。


 


 ベンチは錆び。


 


 自販機は倒れたまま。


 


 少女は海を見る。


 


 広い。


 


 終わりが見えない。


 


 しばらくして。


 


 彼女は、防波堤の端に小さな墓を見つけた。


 


 今までで一番小さい墓だった。


 


 石ではない。


 


 木。


 


 手作りみたいに歪んでいる。


 


 隣には、風車が置かれていた。


 


 色はもうほとんど消えている。


 


 少女はしゃがみ込む。


 


 墓標を見る。


 


 小さな文字。


 


『みーちゃんへ』


 


 それだけだった。


 


 少女はじっと見つめる。


 


 今までの墓とは少し違う。


 


 名前だけじゃない。


 


 誰かに向けて書かれている。


 


 “へ”。


 


 その一文字が妙に温かかった。


 


 少女は周囲を見る。


 


 海。


 


 空。


 


 風。


 


 誰もいない。


 


 しばらくして。


 


 彼女は小さく息を吐いた。


 


 そして。


 


 墓の前に座った。


 


 すぐには掘らない。


 


 ただ、波の音を聞いていた。


 


 時間だけが流れる。


 


 やがて夕方になり、空が赤く染まり始める。


 


 その頃になって。


 


 少女はようやく、近くに落ちていたスコップを手に取った。


 


 土を掘る。


 


 ざく。


 


 ざく。


 


 前より少しだけ慎重だった。


 


 木箱は浅い場所にあった。


 


 小さい。


 


 両手で抱えられるくらい。


 


 少女はゆっくり開ける。


 


 中には、小さな骨。


 


 そして。


 


 ノートではなく。


 


 一冊の絵本が入っていた。


 


 少女は目を瞬かせる。


 


 表紙には、クレヨンで描いたような太陽。


 


 その隣に、拙い字。


 


『みーちゃんのたからもの』


 


 少女は静かに絵本を開いた。


 


 一ページ目。


 


 そこには文章ではなく、絵が描かれていた。


 


 大人と子供。


 


 手を繋いでいる。


 


 下には、小さな字。


 


『きょう、ぱぱと、うみにいった』


 


 少女は静かにページをめくった。


 


 その瞬間。


 


 遠くで波が砕ける音がした。

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