狐火の御神渡り 3
次の日。
雨は止んでいた。
空は薄く白い。
雲の切れ間から、弱い光が街へ落ちていた。
少女は駅前を歩いていた。
濡れた道路。
崩れたガードレール。
風で転がる空き缶。
世界は相変わらず静かだった。
だが。
昨日までとは少しだけ違って見えた。
この街には人がいた。
笑って。
悩んで。
アイスを食べて。
進路に迷って。
泣いて。
そういう人達が。
たしかに。
ここに。
少女は歩道橋を上がる。
途中で足を止めた。
遠くまで街が見える。
ビル群。
止まった高速道路。
草に埋もれた線路。
そして。
墓。
やはり至る所にある。
屋上。
交差点。
公園。
まるで人々は、自分の好きだった場所へ埋葬されたみたいだった。
「……」
少女はしばらくそれを眺めていた。
やがて歩き出す。
今日は海の方へ向かった。
街を抜ける。
シャッター街を通り。
壊れた映画館を過ぎ。
誰もいない水族館の前を歩く。
ガラスの向こうでは、大きな水槽だけが暗く残っていた。
魚はいない。
水も半分以上抜けている。
けれど。
光の加減で、水面だけがゆらゆら揺れていた。
少女は少しだけ立ち止まる。
綺麗だと思った。
なぜそう思ったのかはわからない。
でも。
胸の奥で、なにかが小さく動いた気がした。
そのまま海沿いへ出る。
波の音。
それだけが、この世界でまだ生きている音みたいだった。
防波堤には草が伸びている。
ベンチは錆び。
自販機は倒れたまま。
少女は海を見る。
広い。
終わりが見えない。
しばらくして。
彼女は、防波堤の端に小さな墓を見つけた。
今までで一番小さい墓だった。
石ではない。
木。
手作りみたいに歪んでいる。
隣には、風車が置かれていた。
色はもうほとんど消えている。
少女はしゃがみ込む。
墓標を見る。
小さな文字。
『みーちゃんへ』
それだけだった。
少女はじっと見つめる。
今までの墓とは少し違う。
名前だけじゃない。
誰かに向けて書かれている。
“へ”。
その一文字が妙に温かかった。
少女は周囲を見る。
海。
空。
風。
誰もいない。
しばらくして。
彼女は小さく息を吐いた。
そして。
墓の前に座った。
すぐには掘らない。
ただ、波の音を聞いていた。
時間だけが流れる。
やがて夕方になり、空が赤く染まり始める。
その頃になって。
少女はようやく、近くに落ちていたスコップを手に取った。
土を掘る。
ざく。
ざく。
前より少しだけ慎重だった。
木箱は浅い場所にあった。
小さい。
両手で抱えられるくらい。
少女はゆっくり開ける。
中には、小さな骨。
そして。
ノートではなく。
一冊の絵本が入っていた。
少女は目を瞬かせる。
表紙には、クレヨンで描いたような太陽。
その隣に、拙い字。
『みーちゃんのたからもの』
少女は静かに絵本を開いた。
一ページ目。
そこには文章ではなく、絵が描かれていた。
大人と子供。
手を繋いでいる。
下には、小さな字。
『きょう、ぱぱと、うみにいった』
少女は静かにページをめくった。
その瞬間。
遠くで波が砕ける音がした。




