8話 騒ぎ
「ちょっと。ここで事を荒立てられると迷惑なんですけど。村の祭り中なのに」
暗に、村の外へ出ろとオルカが言う。
「王国軍の方が民間人にそんなことするんですか?代表していらしてるんでしょう?」
私も笑顔を崩さず、彼等を窘めるように言う。
まるで子供を諭すかのような私の言葉に、魔導師達は一瞬言葉を失う。王国軍という組織の立場と名誉。それと自分達の願望とも言うべき、身勝手に私達を手中に収めようとする行為を天秤にかけているようだ。
しかし、率いる男の顔は、怒りを通り越して、もはや侮辱された者のそれに変わっていた。彼の上げた右手から、魔力の輝きが強まる。
「……賢しい。貴殿らがこの場で我々の提案を拒むというのなら、強制的にでも同行してもらうまでだ。王国の安寧のため、いかなる手段も辞さない。この場で事を荒立てるのは、他ならぬ貴殿らの頑なな態度だ、キリエ・オランジュ殿!オルカ・フェール殿!」
男の声が、それまで抑えられていた魔力と共に響き渡る。それに呼応するように、彼の背後に控えていた魔導師たちが、一斉に魔道具を構え、警戒の魔力を高める。
村人たちの悲鳴が、祭りの喧騒をかき消すように響き渡り、空中に設置されたライトの灯りはそれでも穏やかにきらきらと星屑を散らせる。祭りの幻想的な雰囲気は見た目だけのものとなり、場は一触即発の事態へと変貌した。
「そうですか。それじゃあ正当防衛ってことで良いですね?……サイレンス!」
私は彼等に向けて魔力をこめた人差し指を向け、薙ぐように横一文字に動かす。相手の魔法を封じ沈黙させるサイレンスの魔法。を強めに行使した。
通常であれば軍の魔導師部隊はこういった沈黙等の状態異常対策は万全にしている筈。
けれど、私の魔法によって、途端に彼等の魔力は沈静化され、喋る事すらできなくなった。
「ブラインド!」
そして続けざまに、オルカは彼等に向けて盲目を付与するブラインドの魔法を放つ。
彼等は口を開こうとするが、喉から何の音も出ず、無音のまま必死に唇を動かすばかりになった。その瞳は、突如として降りた漆黒の闇に覆われ、眼球は焦点が定まらずに泳ぐ。
彼等は即座に魔力で抗おうとするが、これまでの経験で通用したあらゆる防衛策、解呪術が、まるで泡のように弾け、何の手応えも感じられない。
自信に満ちていた顔は一変し、困惑と恐怖に塗り替えられていた。
彼等は、目の前の子供である私達が、自分達の想像をはるかに超える存在であるという事実を、五感の一部を奪われた状況で突きつけられたのだ。
「……!……!」
彼等の口からは呻き声一つ出ず、ただ荒い息遣いが聞こえる。
魔法を解こうと必死に腕を動かそうとするけれど、まるで透明な壁に阻まれたかのように魔力の制御を取り戻すことができないようだ。
祭りのざわめきは少しずつ静まっていき、村人たちの視線が、無力化された王国軍の魔導師達と、私達に集中する。星屑の光がきらきらと、その間の不穏な空気を、一層幻想的に、柔らかく照らしていた。
私は、「王国軍に襲われました」という簡潔な内容のマジックレターをイレーネ先生に飛ばす。
その知らせから少しして、転移の魔法を使ったのか、先生が村の入口から駆け込んできた。
「キリエさん!オルカさん!大丈夫!?ってあら……?あらあら……?」
魔導師達の様子を見た先生は不思議そうな顔をする。
「えっと……?」
状況を把握できていない先生に、オルカが説明を始めた。
「祭りの最中に急に来て強引な勧誘を受けたんです。断ったら襲われました。なのでキリエと二人で対処しました」
「そうだったのね。……これは王国と学院長先生に報告しないとだわ。仮にも王国の秩序を重んじる軍の人が一般の人……特にわが学院の生徒に手を上げるのは決して許されてよい行いではないもの。学院は生徒達を守る役目も担っているわ。いくら貴方達が強いといっても、生徒である以上は私達学院側の人間が保護しないといけない義務があるわ」
そう言いながら、先生は魔法の文をどこかに飛ばした。その魔力の行方をこっそりと追跡すると、どうやら王国騎士隊への連絡のようだった。
「キリエさん、オルカさん、今から学院に帰れる?先生と来てくれるなら一緒に戻りましょう」
「そうですね。イレーネ先生と一緒なら安心できます。キリエ、行こうか」
オルカは先生の言葉に乗るようだった。
「そうだね。先生、ちょっと荷物を取ってくるので待っていてください」
私もそう答え、オルカと共にそれぞれの家に戻って、村に来るときに持ってきた魔導書や筆記具の類を鞄にまとめる。
広場に戻ると、魔法で転移してきたであろう、かっちりとした鎧を身に着けた王国騎士隊らしき人達が、先ほどの魔導師達を拘束しているところだった。彼等の顔は、相変わらず混乱と恐怖に歪んだまま。声も閉ざされ、目も見えない状態では、抵抗のしようもないようだった。
オルカはすでに広場に戻っていて、騎士隊の人達に状況の説明をしていた。彼等の重々しい鎧の音が、祭りの名残のざわめきの中で際立っている。
私も合流すると、騎士隊を率いる引き締まった顔つきの隊長らしき人が、私達と先生に深々と頭を下げた。その声には、厳しさの中に明確な謝意が込められていた。




