9話 学院に戻る
「そうでしたか、これは……。王国魔導師部隊の者達が、このような場において、このような無礼極まる行いをしたこと、誠に申し訳ございません」
彼は言葉を選びながらも、はっきりと非礼を詫びた。その視線は、無力化された魔導師たちを一瞥し、深い失望と憤りを含んでいるのが見て取れる。
「イレーネ先生からの緊急連絡を受け、急ぎ参上いたしました。まさか、祭りという神聖な場で、我が王国の魔導師たちがこのような狼藉を働くとは……。貴殿らのお話を伺う限り、キリエ・オランジュ殿とオルカ・フェール殿の行いは、正当防衛以外の何物でもございません」
騎士隊長さんはそう言い切ると、私とオルカを真っ直ぐ見据えた。
「この件は、我々騎士隊が責任を持って、厳正に調査し、しかるべき処置をとらせていただきます。貴殿らにはご迷惑をおかけしたことを、重ねてお詫び申し上げます。どうか、これ以上、ご不快な思いをなさらず、学院へご帰還ください。道中は我々が護衛いたします」
そう言う彼等の言葉と態度は、魔導師たちの傲慢さとは全く異なり、秩序を重んじる騎士隊としての矜持と、事態の深刻さを正確に理解していることが伝わってきた。村の人達も、固唾を飲んでこの状況を見守っている。
騎士隊長さんは私達への謝罪を終えると、すぐさま広場に集まっていた村の人達へと向き直った。その顔に再び深い憂いを浮かべ、彼は再度、深々と頭を下げた。
「村の皆様方、この度は、我々王国の部隊が、星祭りという神聖な場において、皆様の平穏を乱すような騒ぎを引き起こしてしまい、誠に申し訳ございません。このような無礼な行いは、王国の名誉を著しく損なうものであり、決して許されるものではございません。この件については、責任をもって対処させていただきますので、どうかご安心ください」
彼の真摯な謝罪に、それまで不安そうに見守っていた村人たちの間に、安堵の空気が広がった。
「隊長さん、頭を上げてください!」
「あんた達が来てくれて助かったよ!」
「さすが騎士様だ!」
村の人達から口々に騎士隊への感謝の声が上がった。
祭りの穏やかで幻想的な光がようやく周囲の雰囲気と溶け合い始める頃、村の人達は、騒ぎを起こした魔導師達を冷たい目で見ていた。彼等は、事態が収まり平穏が戻ってきたことに心から感謝しているようだった。
私とオルカは改めて各々の両親にしばしの別れを告げると、先生や騎士隊の人達と並んで学院への帰路を歩き始めた。
学院への帰路は、騎士隊が私達を挟むようにして進んだ。
その道中は、拘束された魔導師達の沈黙と、騎士隊の重々しい足音だけが響き、祭りからの帰り道とは思えない程の静けさに包まれていた。
イレーネ先生は時折私達を気遣うように見ていたけれど、ほとんど無言だった。
しばらく歩いた後、私達の少し前方を進んでいた騎士隊長さんが、足を止めずに、しかしはっきりと聞こえる声で問いかけてきた。その声には、先ほどの謝罪とは異なる、王国の未来を背負う者としての、探るような、そしてある種の覚悟のような響きがあった。
「キリエ・オランジュ殿。オルカ・フェール殿。……お聞きしてもよろしいか。貴殿らは、この王国に、あるいは王国の民に、仇なすことは……ございますまいな?」
その問いかけに、私は隣のオルカと視線を交わした。オルカは一瞬、眉をひそめたが、すぐにいつもの落ち着いた表情に戻した。
「そちらが、俺達に手を出してこない限りは、あり得ません」
オルカは極めて穏やかに、はっきりとした声で答える。
「私達からわざわざ喧嘩を売るようなことはしません。私達だって穏やかに過ごしたいですもの」
私も、ゆるやかに微笑んで応じた。
騎士隊長さんは返事をする事なく、再び前を向いた。しかし、その背中からは、彼等が私達二人の言葉の意味を深く受け止め、その真意を測っていることが伝わってきた。
先生がそのやり取りを心配そうに聞いていたのを感じる。
道中の緊張感は、彼等の言葉によって、さらに一段と高まったように思えた。
やがて学院に到着し、私とオルカ、イレーネ先生は騎士隊の方々と別れ、学院内に戻った。
「まずは学院長先生にご報告しないとだわ。まだ起きてらっしゃるかしら」
学院長室への道を、私達は先生に続いて歩いていく。
夜の学院の校舎内は薄暗く、先生のライトの灯りで照らされているものの少し不気味さを感じた。
やがて、私達は重厚な扉の前に立ち止まる。ここが学院長室らしい。
コンコン、と二回ノックをして、先生はドアノブに手をかけた。
ギィ、と低い音を立てて扉は開き、室内の灯りが漏れ出る。
紫色の絨毯が敷かれた学院長室の奥の椅子に、彼は腰かけていた。
「おお、イレーネ先生。待っていましたよ。キリエ君とオルカ君は無事ですか?」
学院長という言葉の響きから想像していたよりも若い、短く整えられた黒髪に青緑色の瞳をした、壮年といった見た目の男性。魔導師という職業上、見た目の年齢だけでは実年齢はわからない。
「はい。何事も……あったんですけど、彼等は無事です」
イレーネ先生の言葉に、学院長先生は私達に視線を移し、柔らかな笑みを浮かべた。
「詳細は帰路の最中にお送りしたマジックレターに記したとおりです。エゼル村の星祭りの最中、王国軍魔導士部隊の使者が乗り込んできて横暴を働いたと……。それをキリエさんとオルカさんが魔法で封じ込めたという経緯です」
イレーネ先生が事前に連絡しておいてくださったみたいで、学院長先生もなるほど、といった様子で頷いた。
「キリエ君、オルカ君、怖かっただろう。ここは安全だから、ゆっくり休んでいくと良い」
柔らかな声で、学院長先生は私達を労わってくれた。
私はオルカと視線を交わし、その言葉に甘えることにした。
「ありがとうございます、学院長先生。お言葉に甘えてこちらで休ませていただきます」
敬意を含んだオルカの言葉に、学院長先生は柔らかな笑みを深め、頷いた。
イレーネ先生は学院長先生に一礼すると、一度職員室に戻っていった。




