7話 祭りの支度
私とオルカの帰郷の話は瞬く間に村中に広がった。
私の学院での成績を両親が会う人会う人皆に自慢して回ったために、私達はまるで英雄扱いを受けていた。
オルカの両親も、うちの両親よりは控えめだけれど、色んな人にオルカの事を話していたらしい。
そしてもうすぐ星祭りという頃、広場でオルカと二人並んで祭りに向けた準備で舞台の設営の手伝いをしていると、一人の女の子が近づいてきた。
「オルカ君、キリエちゃん、久しぶりだね。……二人が付き合い始めたって本当?」
この子は、オルカに片思いしていた子だ。不安そうな表情を浮かべてオルカを見つめている。
そんな彼女の様子を見て、オルカは穏やかに微笑んで答えた。
「ああ、本当だよ」
オルカの言葉を聞いて、彼女は少しだけ寂しそうな顔をする。けれど、
「そう、なんだ……おめでとう。キリエちゃんとなら私も素直に祝福できるわ」
彼女はすぐに笑顔を取り戻し、私達の仲を心から祝福してくれた。
彼女の心境を思うと少し複雑な気持ちになるけれど、本当に私たちの仲を心の底から喜んでくれている事に対して、私も心からの感謝の言葉を伝えた。
「もうすぐ星祭りだね。オルカ君達、どのくらい村にいるの?」
「そうだな……祭りが終わったら学院に戻る感じかな」
オルカの言葉を聞いて、その子は嬉しそうに笑った。きっと少しでも長くオルカの姿を見ていたいのだろう。
「キリエ、何か新しい魔法でも作ってみたらどうだ?」
準備を進めている中、不意に彼が提案してきた。
新しい魔法といっても、まだ私はこの世界の理を正確には理解できていない。
たしかに、やろうと思えば何でも出来るだろうけれど……あまり目立ちすぎるのも良くない。
「新しい魔法……?こういうのとか?ライト」
私は指先に魔力を集中させ、空中に小さな蝶を描く。
すると、私の指先から光の蝶が出現し、ひらひらと舞い始めた。魔法の灯りを生じさせる、ライトの魔法を応用したものだった。
「お、いいじゃん」
光の蝶は舞い散る光の軌跡を描きながら私の周りをひらひらと飛び回り、再び指先にとまると、すうっと消滅した。
「なになに!?今のすごくきれい!」
周りに居た子供達が私達の元に集まってくる。
「魔法だよ。綺麗でしょう?」
微笑んで言いながら、再び私は指先で今度は小さな花を描き、それを上空へ放り投げるように放つ。
「ライト!」
光の花びらが辺り一面に舞い、幻想的な風景を醸し出した。
その光景に、他の村の人達も作業の手を止めて見入っていた。
「その魔法、星祭りの時に活用できると思う。実行代表さんに掛け合ってみるよ」
花弁が舞い落ちる中、オルカは期待通りだというように微笑んで言った。
「ありがとう、オルカ」
私も、柔らかく微笑みを返した。
星祭りの日の夜。私は会場じゅうに、持続するかすかな星明りを降らせるように調整したライトの魔法を設置した。空の星の輝きを邪魔しないよう、時折きらきらと輝く程度に。
その幻想的な光景に祭りの参加者達は皆見惚れていた。
そんな和やかな雰囲気を打ち壊すように、村の外から物々しく数人の魔導師と思われる人物が入ってきた。彼等は重厚なローブに身を包み、腰に下げた魔道具が微かに光を放っている。その表情は厳めしく、祭りの喧騒とは明らかに異なる空気を纏っている。
魔導師達は、私とオルカの姿を認めると、迷いなくこちらに近づいてきた。
それに気づいたオルカは、私を庇うように彼等と私の間に立つ。
『面倒だな……軍の奴等か』
シンのテレパシーが久しぶりに私の頭の中に届く。
『いつか直接来るだろうとは思っていたけれど、わざわざ星祭りの日に来るだなんて……』
苦々しい思いをしながら、私とオルカは彼等を見やる。
きらきらと柔らかな光の星屑が降り注ぐ中、彼等を率いると思しき、威厳のある顔立ちの魔導師がゆっくりと口を開く。
「……見事な光景だ。これほどの魔法を、これほどまでに繊細に操るとは。流石はヴィルトゥス魔法学院に名を連ねる才女、キリエ・オランジュ殿だ」
力を纏うその声は、祭りのざわめきの中でもはっきりと聞こえた。言葉の表向きは称賛だけれど、その視線は私の魔力の源泉を探るように鋭く、かついやらしさを含んでいた。
「我々は、王国魔導師部隊の者だ。他ならぬキリエ殿、そして隣のオルカ・フェール殿に、改めてお話させて頂きたく参上した。貴殿方のような稀有な才能を、このまま市井に埋もれさせておくには、あまりにも惜しいと判断したのだ」
彼等の言葉は丁重でありながら、有無を言わせぬ圧力を感じさせた。祭りの参加者達が、何事かとこちらに視線を向け始める。
「すいません、興味ないんで」
まるで街中での勧誘を断るかのように、事も無げにオルカは言った。
その言葉に、魔導師達の表情が一瞬、凍りついたように固まる。率いている男の眉間に深い皺が刻まれ、その威厳ある顔にわずかに苛立ちが浮かんだ。けれど、彼はすぐにその感情を押し殺し、冷徹な理性を前面に出した。
「オルカ・フェール殿。貴殿の魔力運用能力が並々ならぬものであることは理解している。だが、これは王国の未来に関わる、極めて重要な話だ。感情的な判断で門を閉ざすには、あまりにも惜しい」
男の言葉はオルカに向けられていたが、その視線は既に私へと向けられていた。オルカを説得するより、直接私に訴えかける方が早いと判断したようだ。
「キリエ・オランジュ殿。貴殿のその魔力は、王国が抱える全ての脅威に対する、まさしく究極の盾となりうる。その計り知れない力は、我々の研究によって、より安全に、より効果的に運用することが可能となる。貴殿がもし、自身の力を真に理解し、この世界でその才能を最大限に活かしたいと願うのであれば、我々の提供する環境は他に類を見ないものだ」
男の声には、先ほどの称賛とは異なる、有無を言わせぬ切迫感が宿っていた。
彼等はオルカの拒絶を受け入れたかのように見せながら、その真の狙いが、やはり私の魔力にあることを、明確に突きつけてきた。
祭りの賑わいは遠い背景となり、私と彼等の間に張り詰めた空気が漂った。
「あ、私も結構です。自分で何とかできるので」
にこやかにそう答える。
私のその言葉と、一切の悪意なく向けられた笑顔に、男の顔から完全に表情が消えた。その隣に控えていた魔導師の一人が、思わず「なっ……」と声を漏らす。
率いる男は、しばし沈黙し、まるで目の前の光景を信じられないといった様子で、私とオルカを交互に見つめた。彼の鋭い視線が、獲物を追い詰める捕食者のように細められる。
「……ほう。貴殿方は、王国の未来に対する我々の熱意を、そのように軽くあしらうと?」
彼の声のトーンは低いままだが、そこには明らかな怒りと、ただでは引き返すまいという決意が滲み出ていた。
男は右手をゆっくりと上げ、その指先が微かに光を帯びる。周りの魔導師たちも、それに呼応するかのように身構え、祭りの華やかな光が、彼等のローブの影を長く、不気味に引き伸ばした。
祭りの参加者たちのざわめきが次第に恐怖に変わっていくのが分かった。




