59話 ドラゴン
そう思った時、私達の周りが大きな影に包まれる。
『人間!そこで何をしている!』
地に響くような怒声に振り返ると、黒銀の鱗の大きな身体のドラゴンが大きな翼を羽ばたかせて飛来してきた。
地響きと共に着陸したドラゴンの身体に、青白い雷が纏い始める。
『お母さん!この人間たちね!大丈夫だよ!』
『お前は黙ってなさい!……人間よ、今度は何をしに来た。また我らの平穏を奪いに来たのか』
明らかに敵意をむき出しにする親ドラゴンに、オルカは特に怯む事なく対話を試みる。
『すみません、急にお邪魔してしまって。帯電の原因を調査してきてくれと頼まれて来ただけで、あなた方に危害を加えるつもりは全くありません』
オルカは丁寧に言葉を伝えるが、親ドラゴンは聞く耳を持たなかった。
『人間の言う事など信じられるか!以前の奴等も同じ事を言って我に切りかかってきたではないか!』
『……此方こそ以前の奴等なんて知らないが』
話が通じないと見るや、オルカは下手に出るのをやめたのか、シンとして話し始めた。
急に雰囲気を変えたオルカに親ドラゴンは少し怯んだ様子を見せる。
『貴様等が知らなくても我は覚えている。あの狼藉忘れはせぬぞ!』
『お母さん!この人間たち前の人間たちとちがうよ!』
子供ドラゴンがなんとか仲裁に入ろうとしているが、怒りに飲まれた親ドラゴンは子供ドラゴンの言葉すら聞く気が無いようだった。
親ドラゴンの体を包む雷の発現が激しくなる。
『何だ、俺を攻撃するつもりか?』
オルカが不敵な笑みを浮かべる。
『黙れ!人間風情が!死ね!』
親ドラゴンの開いた口内に雷のエネルギーが集まる。
「テラー!」
ブレスが吐かれるかと思った瞬間、オルカがテラーの呪文を唱えた。その瞬間、ぞっとするような気配が周囲を包む。
親ドラゴンの体が硬直した。
対象は親ドラゴンだけで、子供ドラゴンは何が起こったのかよく分からない様子でおろおろとしていた。
『な……』
声を出すのもやっとという感じで、親ドラゴンはオルカに対して攻撃する事が出来なくなった。
対象に恐怖の状態異常を付与する魔法だけれど、これはたしかちゃんと魔導書にも載っている、人の扱える魔法だった気がする。
『あの、お母さんドラゴンさん、本当に急に押しかけてしまってごめんなさい。私達は本当にあなた達に危害を加えるつもりはないの。あなた達が困ってるかもしれない、って思ってここに来たのよ』
特にドラゴンの事前情報はなかったけれど、私は親ドラゴンを宥めるように言葉を選ぶ。
あの怒り具合を見るに、多分何かしら、王国軍に襲われた以外の問題があるのだろう。
『そうだ。彼女の言う通り、俺も最初から言っているがお前達に危害を加えるつもりはない』
『……魔法で脅しておいてそれか』
『怪我はさせていないだろう』
オルカの言葉に、親ドラゴンは渋々ながらも納得したようだった。
親ドラゴンから私達への敵意が収まるのを確認すると、私はディスペルの魔法を唱えて、オルカが親ドラゴンに付与した恐怖状態を解呪してあげた。
『……人間の使用する状態異常魔法などレジスト出来る筈だが、貴様等は何者だ?』
『魔法学院で学ぶただの子供だ』
親ドラゴンの問いに、オルカは短く答えた。
『……そうか。そう言う事にしておこう。それで、我等の困り事を解決しに来たと云うのか』
静かに対話に応じ始めた親ドラゴン。理知的な雰囲気が、彼女の気高さを感じさせる。
オルカが頷いて肯定の意思を示すと、親ドラゴンは続けて話し始める。
『前の人間共も帯電がどうのと言っていたが、この辺り一帯が雷を帯びているのは我が子の発育途中の力の放射によるものが原因だ』
帯電自体は特に異変ではなく、この雷属性のドラゴン達の自然な生態によるもの、らしい。
『ほう、それで奴等は帯電を止めようと子供を傷つけようとしたんだな?』
『そうだ。それで我は其奴等を殺した』
言葉を発しながら、親ドラゴンは私達の様子を伺っているようだった。
『話を続けろ』
魔導院の人たちが死んだ事に何の興味も持たず、シンの口調でオルカは対話を続けている。
『……同胞ではないのか。……子の成長を促すには雷に打たせる必要があるのだが、なかなか降らなくてな』
『その雷、彼女なら降らせられるかも知れん』
そう言って、オルカは視線を私に向ける。
『魔法でか?人間の使う魔法の雷など微々たるものであろう』
『試すか?』
『無いよりは良い。貴様等を信用して子の身を預ける』
親ドラゴンの言葉を受けたオルカに促され、私はブレスレットの効果を切って、魔力を集中させる。
その私の魔力が逆巻くように周囲に巡る様子を見て、親ドラゴンは少し驚いた様子で後ろに下がる。
私の右手に雷のオーラが集まる。そして、私は右手を子供ドラゴンに向けて呪文を唱えた。
「サンダー!」
轟音とも言うべき鋭い雷鳴と共に、強烈な青白い稲妻が子供ドラゴンを直撃する。
『わあ』
子供ドラゴンは気持ちよさそうにその稲妻を受け止めていた。心なしか、少し体が大きくなっている。
それと同時に、一気に帯電範囲が収縮する気配を感じた。
『おお……これ程とは……!礼を言うぞ、人間。……しかしまた我等に仇成す者が現れないとは限らない。その事についても何か良い策は無いか?』
『この付近に立ち入り禁止の看板と柵を立てれば誰も入らないだろう』
『それで効果があるものなのか?』
『知らん。入るやつは入る。自業自得だ』
オルカが身も蓋もない事を言うけれど、その後に私も続けて言葉を紡ぐ。
『生物自然保護区と指定すればなかなか人も入らないと思うわ。あなた達が見たような人間ばかりではないから、そうやって正式に認定されれば入ってくる人もほとんど居ない筈よ。帯電している場所に入ったら普通の人では動けなくなって焼け焦げてしまうもの』
『……そうだな、少女の言うとおりであろう。貴様等は何かの道具を使っているのか?ここに立てるという事は』
『この胸についている銀色の花がそれだ』
オルカはアダム先生のブローチを指で示して親ドラゴンに見せる。
『なるほど。……なれば、貴様等のどちらか、我と契約せよ。さすればその道具が無くとも我と通じ子の放射にも耐えうるものをやろう」
契約、という言葉を聞いて、オルカは私の方に視線を向ける。
その視線を受けて、私はオルカに頷いた。
『わかった。契約しよう。ただし、俺と彼女は常に行動を共にする。彼女とも契約できるか?』
オルカは答えると同時に問いかける。
『……そうか。良い。其方等二人まとめてだな。少女も良いか?』
オルカの同意と同時に私達への呼び方が敬意を払ったものに変わった。
『ええ、私も契約するわ』
『承知した』
親ドラゴンはそう言うと、自身の背から鱗を二枚引き抜いて私達に預けてくれた。
黒銀にきらきらと輝くそれは、私の親指の長さくらいの大きさの鱗だった。
『それを持っていれば我が必要な時に其方等に呼びかける事が出来る。その逆も然りだ。其方等が我を必要とする時その鱗を通じ呼びかけよ』
『なるほど。これを他者に奪われた場合はどうなる?』
『我がそう認識すれば其奴から命を奪う』
『分かった。もしも誰かに預ける時には事前に言う』
学院長先生達に見せる場合を想定しての発言だろうな、と私は理解した。
私とオルカは貰った鱗を、学生証も入れてあるポケットに大切にしまった。




