50話 ペアリング
いつものように学院長室で夕食を囲む私達。
「どう?キリエさんのブレスレットのお話進んだ?」
私の向かいに座るイレーネ先生がパンを千切りながら尋ねる。
先生達も進捗が気になるようだ。
「はい。設計図を見せていただいて、もう組み立て始める様子も見せていただけました」
「多分、明日中に仕上げてもらえるんじゃないかと思います」
私の言葉に続けてオルカも口を開く。
オルカのトレーの上のふわふわのオムレツがちょっと気になる。美味しそう。
「そうなのね。アダム先生の研究室は相変わらず凄いわ。そういえば明日はたしかペアリングの受け取りの日ですよね!先生も楽しみだわ」
にこにこと嬉しそうにイレーネ先生は続けた。
「俺も楽しみです。どんな仕上がりになるだろうな」
そう言いながら、オルカは自分の左手の中指を見つめた。
和やかに夕食の時間は過ぎ、その後私達はまた魔導書を読んで過ごし、就寝した。
翌朝、私とオルカは一旦学院長室から寮の自室に転移魔法で戻った。
お風呂を済ませて綺麗な状態の制服に着替えて、身だしなみを整えてから指輪を受け取ろうかと思って。
学院長室に戻って先生と三人で朝食をとった後、少ししてエレナさんが再び来訪した。
「ごきげんよう学院長先生、キリエさんにオルカさん。指輪、お持ちしましたわ」
応接テーブルのソファにかけてもらい、私たちも向かいに座って、エレナさんが鞄から取り出した指輪ケースをじっと見つめた。
「おはようございます、エレナさん。楽しみにしてました」
オルカの言葉に、エレナさんはにこにことしながらケースを開いて私達に見せてくれた。
小さなアクアサファイアが中央に輝いて、その周りを銀色の螺旋の模様が繊細に囲んでいる。リング本体はマットブラックで、石の周りにだけその装飾がされているデザインだった。
「綺麗ですね……ありがとうございます」
ため息を漏らすように私の口から言葉がこぼれる。
オルカはその指輪を受け取ると、私の左手を取って中指にはめた。
「ぴったりだわ」
手を何回か握って、指輪のフィット具合を確かめる私。
それから、私もオルカの指輪を手に取って、オルカの左手の中指にはめる。
オルカも同じように手を何回か握って指輪のおさまり具合を確かめていた。
「本当だ。すごく丁度良い」
それと同時に、オルカは自分の指輪と私の指輪を交互にじっと見つめて何か確認していた。
『大丈夫だ。何の仕掛けもされていない』
万が一エレナさんが何かの仕掛けをしていないかを確認していたみたいだった。
警戒しすぎだとは思うけれど、魔道具のアクセサリーを作っているエレナさんである以上、もしも魔導院に依頼されたら私達の情報を探査するような仕掛けを施すかもしれない。その危険性をオルカは危惧していたようだった。
「気に入っていただけて嬉しいわ。クールな感じのデザインにしてみたの。お二人の雰囲気に合わせてね」
なんとなく、指輪の色使いにオルカの黒髪と私の銀髪が重なって見える。
「ありがとうございます、エレナさん。大切にします」
オルカの言葉に、エレナさんは、ウフフ、と嬉しそうに笑った。
「はあい。それじゃ、お渡しできたのでこの辺りで私は失礼しますわ。学院長先生も私にご依頼くださってありがとうございました。それじゃあまた。ごきげんよう」
最後に私達に手を振って、エレナさんは学院長室から出て行った。学院長先生も見送りに出て行く。
私は改めて左手の中指に輝く指輪を見つめた。
オルカと私の絆の象徴か。なんだか急に愛おしい気持ちになって、私は指輪を指先で撫でた。
オルカはその様子を微笑みながらじっと見ていた。
それから私とオルカは、学院内を散歩する事にした。
今日は休日だから他の生徒達も敷地内でそれぞれに過ごしている。
その中に紛れて、私とオルカは手を繋いでのんびりと歩いていた。まだ夏の暑さが少し残る中、秋を感じさせる風も吹いていて心地良い。
中庭まで来た時、ベンチが空いていたので二人で並んで座った。ぼんやりと中庭の庭園を眺める。
ピンクや白の少し背の高い花が花壇で咲いていて、美しい。
他の生徒もいるので控えめだけれど、オルカはずっと私の手を握って愛おしそうに指先で撫でていた。
午前中はそうして過ごして、昼食後もまた少し二人で学院内を散歩して回った。
薬草園の方まで足を延ばして、温室も見て回った。
考えていた植物を育てる魔法を試してみたいなあ、と思いながら。
多分だけれど、ブレスレットがまだ無い今使ったら小さな草が巨大に成長してしまいそうな気がする。
一通り歩き回って、その最中でも私は研究のことを考えてしまっている事に気づいた。
せっかくオルカと二人だけで一緒に居るのに。
「……キリエ、そろそろ戻ろうか」
そう言いながらも、オルカは私を連れて人気のない木陰に歩いていく。
「オルカ?そっちは……」
学院長室の方向ではない、と言おうとしたとき、私はオルカに強く抱きしめられた。
肺から空気が押し出されるように、唇から吐息が漏れる。
そのまま唇を重ねられ、すぐに離れる。けれど、至近距離でオルカは私の瞳を見つめていた。
「時々でもこうしてないと無理だ、俺……」
オルカの目には、私を欲している以外にも微かな揺れが見えた。その中に、生命エネルギーの枯渇による飢えのようなものを感じる。
「オルカ……もしかして食べ物からエネルギー取れてないの……?」
私の問いかけに、オルカは静かに頷いた。
体を維持するだけの栄養は摂取できているみたいだけれど、それ以外の部分で必要な生命エネルギーとでもいうべきものを、オルカはほとんど摂取できていないみたいだった。
「魔力は俺も元の場所から無尽蔵に供給されるから良いけど……良くて果物だな……俺がエネルギー摂取できるとしたら……」
それで朝食で果実ジュースを飲んで少し回復出来ていたのね。
「ちょっと悪いけど、お前から供給してもらう事にするよ。触れ合うだけでもいくらか分けて貰ってたけど、それじゃ追いつかない」
そう言ってオルカは私の左手を取り、指輪に口づける。
それで最近スキンシップが増えていたのね。
「指輪で俺と繋がるようにした。これで何とかなる筈だ。お前の食事量が増えるだろうけどそれはごめん」
「ううん、それは良いけれど、どうして急に……?」
「魔法の研究してる内にこれ大分エネルギー消耗するなって気づいてさ。俺だけで世界維持してたようなもんだから。……いけるかと思ったけど、お前があんまり魔法使ったりしない分中々な……」
オルカなりの循環システム自体は出来ていたみたいだったけれど、それだけでは追いつかない部分もあったみたい。
多分察するに、私が使った分の魔力が世界に還元されてそれでオルカの生命エネルギーに変換されるようになっていたのだと思う。
食べ物を異物と認識してしまう彼なりの苦肉の策だったのだろうけれど……。
「もっと早く言ってくれればいいのに……」
「確証が取れるまでに時間がかかった。すまないな」
シンの言葉で、オルカが言う。
オルカはもう一度軽く触れるように私に口づけると、私の体を解放した。
「まあとりあえず、タイミング良く指輪が出来上がって良かったよ。普通のペアリングとしても使えるしな」
すぐにオルカの口調に戻る。
彼は指輪をつけたその手で私の手を握って、私も並んで学院長室へ戻る道を歩き始めた。




