5話 夏休み前
中間試験からしばらくして、夏休み前。
ライが私宛の手紙を渡してほしいと頼まれたらしく、白い封筒を持ってきた。
「お手紙?誰から?」
「名前覚えてないけど男の子からだよー」
封筒を開けてみると、数枚の便箋に私への思いが綴られている。
前々から貴女の事が気になってはいたのですが、試験の日に初めて自分の想いに気が付きました。貴女の可憐さから放たれる強大な魔法のギャップに恋に落ちてしまいました、というような事が書かれている。
そのほかにも私の外見を讃える言葉と繰り出される魔法の美しさ等、いろいろなことが書かれていた。
「ライさん……このお手紙、ごめんねって返してきてくれる?」
全て読み終えた私は再び便箋を折り畳み、封筒に戻してライに手渡した。
「いいよー」
それをライは目を輝かせながら私から受け取り、廊下へ出ていった。他のクラスの人からだったのだろうか。
彼女の姿を見送っていると、
『おい。俺にも軍から招待状が来た』
急にシンが話しかけてきた。そういえばさっきオルカはイレーネ先生から呼び出されていた。
シンの言葉の後に、招待状の文面が頭の中に送り込まれてくる。そこには、私が受け取ったものと似た格式ばった書式で、オルカの才能を評価する内容が綴られていた。
拝啓
ヴィルトゥス魔法学院 生徒 オルカ・フェール殿
謹啓
時下益々ご清栄のこととお慶び申し上げます。
さて、この度、貴殿が学院における卓越した魔力制御の才覚と、その一点の曇りもない精密な魔法運用能力をお持ちであるとの情報に接し、厳正な審査の結果、我が王国軍魔導師部隊へのご招待を決定いたしましたことを、謹んでお知らせ申し上げます。
貴殿の持つ比類なき魔法の精度と応用力は、我々の魔法理論の更なる発展に、計り知れない貢献をもたらす可能性を秘めております。これは、既存の魔法の枠組みを超え、新たな領域を切り拓く上で、不可欠な才能であると確信しております。
つきましては、下記日程にて面談の機会を設けたく、ご多忙の折とは存じますが、ご返信賜りますようお願い申し上げます。
王国魔導師部隊は、貴殿の類稀なる才能が、王国の平和と秩序を守るための新たな柱となることを心より期待しております。貴殿の英断を、心よりお待ち申し上げております。
敬具
『イレーネには丁重にお断りしますと伝えた』
『そう……。こっちは今ライさんから、他のクラスの男の子から渡してって頼まれたラブレターを受け取ったわ。ごめんなさいって返してきてもらってる』
『……そうか』
シンの声に微妙な変化が見られた。何かを決断したかのような、そんな感じがする。
少しして、ライとオルカがほぼ同時に教室に戻ってきた。ライが私のもとに戻るよりも早く、オルカが私の目の前に来る。
「キリエ、夏休みは帰るだろ?」
話を合わせろと目配せをされる。
「うん。久しぶりにお母さんたちにも会いたいし」
「俺も。楽しみだな」
そう言って、オルカは笑顔を見せた。
何がしたかったのかよく分からなかったけれど、多分私達の関係性を少しずつ他の生徒達に浸透させていく狙いなのだろう。
教室の入口で、ライが恨めしそうにこちらを見ている事には気づかないふりをする。
そう思ったのも束の間、オルカはライの方を向いた。
「ライ・ヴェロニカ。これで分かっただろう。キリエは俺のもんだ」
彼は突如信じられない行動に出た。突然の俺の物宣言。勿論他の生徒達も聞いている中でだ。何を考えているの?
「オルカ……!?」
教室中がしん、となる。
こんな風にしてまでライを私から遠ざけたいの……?
私はライからの好意は感じていたものの、彼がなぜここまで彼女を警戒しているのかをまだ理解できていなかった。
しかも、今の話で分かっただろう、って。何を彼女に吹き込んでいたのか。
ライは悔しさとも怒りともつかない表情でオルカを睨んでいる。
『あの女、妄想癖でお前の事を自分の彼女だと思い込んでいた』
『そうなの……?それは知らなかったわ……』
『度々俺に対して嫌がらせをしてきてな……。お前の知らないところで色々あった』
その嫌がらせの様子……筆記具を盗まれゴミ箱に捨てられたり、階段で後ろから押されたり……私に伝えられるのは一部なのだろうけれど、そんな光景がシンから伝わってくる。それと同時に、人間のした事として取り合わなかったシンの様子も見えてきた。
なるほどそれで……。納得したわ。そんな事があったのならオルカがライを厭うのも当然だった。
ライは何か言いたそうにしているけれど、そのまま教室から出て行ってしまった。
「ちょっとオルカ……みんな見てるのに」
静まり返った教室が居た堪れない。これからもライと隣の席、隣の部屋で過ごすと思うと気が気ではなかった。
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終業式が終わり、私とオルカはエゼル村への道を歩いていた。
あれからライの姿を見ていない。けれど、周りの生徒達はいつも通りな日常を過ごしていた。
あの件以来オルカから私への接触は増え、彼の宣言どおりに私達は以前よりも親密に、交際関係の男女として振舞うようになった。
道の途中、脇の林がガサッと音を立てる。警戒しつつそちらを見ると、この辺りでは滅多に見ないモンスターがこちらをじっと見ていた。
『何だ』
オルカは私にも聞こえるように、そのモンスターに話しかけた。
柔らかな黒い毛並みの、犬のような見た目のモンスター。
『腹ガ減ッテイル。何カ食ウモノクレ』
オルカが話しかけた事に特に驚く事もなく、そのモンスターは食べ物を要求してきた。
『悪いな。今何も食べられる物を持っていない』
『ソウカ……』
オルカの言葉を聞き残念そうに首を下げると、そのモンスターは再び林の中へ戻っていった。
「行くか、キリエ」
モンスターの姿が完全に見えなくなると、何事もなかったかのように、オルカは言った。
「うん」
私達は再び歩き出す。夏休みの数週間、村で過ごすために。




