48話 食後の時間
その日の午後、オルカはアダム先生に連れられて魔道具の研究室に行ってしまった。
私はそのまま学院長室に残って、軽く体操をしたり、魔導書を読んだり、新しい魔法で何か良いものが無いか考えてみていた。
植物の生育を促す魔法とかどうかしら……。グロウイング、とか。収穫できるまでにするにはグロウイングハーヴェストとか。
思いついたなりにノートに書き記していく。魔法の葉を飛ばして切り裂く魔法、リーフエッジ、とか……。
いくらでも考えようと思えば思いつくだろうけれど、実際に試せない状況だと書いていくにも限度がある。
ペタルブリザードとか……。綺麗だなあ、と、実際に発動した花吹雪の様子をイメージの中で見た。
今日の私はまるで空想にふける夢見る女の子のようだった。
夕方になって、オルカは学院長室に戻ってきた。もうすぐ夕食の時間だ。
「おかえり、オルカ」
学院長先生達はまた職員会議に行っている。
「ただいま、キリエ」
窓からの夕日に照らされて微笑むオルカ。少し疲れていそうだけれど、充実した様子の笑顔だった。
ゆっくりと私の隣に来てソファーに腰を下ろし、私の髪を指先で弄ぶオルカ。
「夕飯の後キリエも来て欲しいって」
そのまま軽く触れるように唇を重ねられる。
「話を聞きたいんだってさ」
囁くようなオルカの言葉に、研究の話でありながら少しドキドキしてしまう。
「アダム先生は夜まで研究続けてるのね」
「そうみたいだ」
そういう私達も、夜遅くまで魔導書を読んだりしていたな、と思う。
しばらくすると、扉がノックされてお夕飯が運ばれてきた。
私とオルカの分だけがワゴンに乗せられている。
「ありがとうございます」
職員さんにお礼を言って、食事のトレーを受け取る。
私のトレーには、とり肉のステーキの乗ったお皿が。オルカのトレーにはオムライスが乗っている。
「今日は学院長先生達は食堂で召し上がるそうです」
「あれ、そうなんですか?」
「お二人でごゆっくり、と伝言を預かってます」
何だろう、ここまで配慮されるとちょっと申し訳ないような気持ちになってくるわ。
では、と職員さんは扉を閉じた。
私達はまた応接テーブルに戻って食事を始めた。
「二人きりで食事するの、なんか緊張する」
「そうか?俺はもっと二人きりで居られる時間が増えたらなって思ってるよ」
それは私も思うけれど……。
お肉を切り分け、口に運びながらオルカの方を見る。
オルカも私の視線に気づいて、私の方を見る。
視線を交わし、お互いの想いを理解した私達は、再び食事に戻った。
夕食の片付けを済ませた頃、学院長先生が戻ってきた。
「それじゃあ、アダム先生のとこにちょっと行ってきます」
「ああ、行ってらっしゃい」
学院長先生に送り出されて、私とオルカはアダム先生の研究室に向かう。
途中、オルカは私の手を取って指を絡めてきた。ちょっとした隙間時間にオルカは私と触れ合おうとしてくる。
もっと落ち着いた時間をとって二人で過ごしたいな……。
そう考えているうちに、研究室の前に着いた。扉の横のプレートに叡智の歯車舎と書かれている。
オルカは私と手を繋いだまま扉を開けて、中へ入った。
「おお、おかえり、オルカ君。キリエ君も連れてきてくれたのだな」
手を放そうとするけれど、オルカは放す気が無いらしく、そのまま私の手の甲を指先で撫でた。
室内にはアダム先生しかいない。他の研究室の人達はもう寮や宿舎に帰ったのだろう。
「はい。キリエに聞きたい話って何ですか?」
「早速だな。キリエ君、君の魔法の規模を知りたくてね。どの程度かはオルカ君からも聞いているが、キリエ君の体感で聞きたい」
「規模、ですか?多分地域を一つ消し飛ばせるくらいの魔法は使えます」
下手したらもっと、だけれど。
ほぼ即答に近い私の言葉を聞いて、アダム先生のメモを取る手が止まる。
そして神妙な面持ちになり、考え込む仕草を見せた。
「それは……。確かに、魔力調整ブレスレットの制作は急務だな。この学院で学ぶにあたって自由に魔法を使えない状況は避けなければならない。野外実習の期間が終わるまでには完成させよう」
具体的な日数がアダム先生の口から示される。そんなに早く出来るものなのね。
「キリエ君の能力についてはこの研究室内……の主要メンバーだけでのみ共有させて貰う。安心したまえ、一切外に漏らすことはない。特に魔導院には」
魔導院、という言葉が出てきて私の体が一瞬強張る。それを感じたのか、私の手を握るオルカの手に少し力がこもる。
私の脳裏に、選択を試した時の王国騎士隊の人達からの厳重な監視によるストレスが蘇ってくる。彼らも魔導院の傘下の集団だった。
「あいつらに知られたらキリエ君が何されるか分かったもんじゃない。大体あいつら私の研究にも口出ししてきおって腹立たしい」
アダム先生の話がだんだんと魔導院への恨み節へと逸れていく。
この先生、魔導院と仲悪いのね。彼等の体質を考えたらそれも無理はないなあ……と思い、記憶を振り払うようにオルカの手を握る手にきゅっと力を込めた。オルカの手の力が少し緩む。
「アダム先生、他に何かキリエに聞きたい事はありますか?無ければ俺達今日は帰ります」
話が長引きそうなところを、オルカは早々に切り上げるように口を挟む。
「あ、ああ。すまない。……そうだな、もう外も暗いしな。気を付けて帰りなさい」
「はい。それではまた明日」
アダム先生に見送られて、私達は叡智の歯車舎の研究室から廊下へ出た。
学院長室に戻る道の廊下は灯りがついているものの、がらんとしていて少し不気味だった。




