29話 キリエの魔法理論
先生は椅子に座りなおすと、しばらく考え込むような仕草を示した。目を閉じ、思考を巡らせている様子。
「どうされました?」
オルカもその様子に気づき、先生に声をかける。
「いやね、キリエ君の魔法について考えていたんだ。人には使用できないチャーム……水のポーション……そしてヘヴンリィエクスプロージョンや今のライト……。恥ずかしながら、私はライトの魔法は一般的な灯りの用途でしか使ったことが無く、これ程までに繊細な運用が出来るという点には思い至らなかった。キリエ君、今のライトの魔法ですが、理論的に説明する事はできますか?」
理論的に、か……。
「空間把握から始めます。この範囲内で灯りを広げる、という認識の上で、魔法を発動させるんですけど、その時に灯りの形状、明るさ、光り方等を具体的にイメージして発動させます。明るさについては全体の光のきらきらの数……数えきれないのでここは感覚になってしまうんですけれど、使用魔力量を調節して全体に適用する感じです。その後は一般的なライトの魔法と同じく光源は維持されます。途中での光の調節は部分部分に後から魔力を注いだり循環させたりして、輝いたり明滅をするようにしました」
私の説明の後、オルカが続ける。
「キリエと室内の魔力の流れを見ていましたが、流れ落ちる光の演出は、そう動くよう魔力のルートを作り、その中を流れさせていました。そしてその魔力はキリエの手から虚空を介してそれぞれの光源に注がれていました。その辺は通常のライトと同じですね。範囲と規模が違うだけで、あれも手から少し離れた空中に魔力の灯りを生じさせますし」
私達の説明を聞いた先生は、納得したように頷く。
「とても分かりやすい説明をありがとう。ちょっと記録させてもらって良いかな?」
「どうぞ」
私が答えると、先生はノートにメモをし始めた。
そしてしばらくして、再度先生は顔を上げ、私に視線を向けて口を開く。
「キリエ君がくれた水の小瓶、あれは魔法で作られた水のようだけど、それの作成方法、何故飲んだ人の魔力を回復させるのか、理論的に説明できますか?」
今度はポーションの魔法についての質問。
「授業で教わった簡単な調合の魔法を応用しました。封入するものを薬草でなく魔法にして魔力の小瓶を作りました。回復する原理は多分、魔法で作られたお水だからだと思います。調合魔法と一緒に水属性魔法を使用するイメージで詰めました」
私の説明を聞いて、先生はオルカに視線を移す。
「オルカ君はどう思いますか?」
「あー……回復量の事ですか?先生達も水の小瓶は作り方知ってると思ってますけど、キリエは魔力量が人より多いので、水の小瓶くらいならいくらでも生成できます。その濃度を調節することで回復量を増やしている感じですね」
魔法理論のまとめをしていたオルカだから、先生達の技術量を判断出来ているのかな、と私は思った。
「そうだね。水の小瓶は私達も作れる。キリエ君は自分でどのように認識しているのかと思っての質問だったよ」
そうなると……と、また先生は考えを巡らせ始める。
やがて、何か納得したようにまた視線を私に向けた。
「キリエ君、君は魔法の概念を拡張する才能を持っているようだ。これは並大抵ではない。参考にチャームの魔法の発動方法も聞いて良いかな?」
今度はチャームか。モンスターしか使用できないって話だったけれど……。
「相手の目を見て、目から意識の中に自分の言う事を聞かせる意図の魔力を流し込む……って感じでやりました」
私の説明に、先生は少し考える仕草を見せる。
「なるほど。通常、人同士では催眠術で暗示をかけない限り相手の意識に干渉することは出来ないんだよ。その辺りはどう考える?」
「うーん。私は完全にイメージでやっていたので何とも……。でも理屈はわかります。意識には防護壁みたいなものがありますものね」
その意識の防護壁で状態異常魔法が抵抗され、成功したり失敗する。感覚的に理解している世界はそんな感じだった。
「そうだね。……イメージか。チャームは危険だから実験は出来ないが、その観点は他の魔法にも応用が利きそうだ。オルカ君はどう考える?」
今度はオルカに話が振られる。
「キリエは本当に感覚型の人間なので、だからこそ成し得るのかも知れません。現にヘヴンリィエクスプロージョンの発動の仕方も俺達とは違います」
「うん、確かにそうだ。だからこそ、キリエ君の柔軟な魔法を、既存の魔法理論に落とし込んでいく事が重要になってくる。キリエ君、今後は既存の魔法の勉強に加えて君の魔法理論を研究室として立ち上げてみないか?もちろん、私やイレーネ先生も協力する。オルカ君の分析力も合わされば盤石な体制が作れるだろう」
学院長先生の提案は、思ってもみない話だった。そんな大役を仰せつかって良いのだろうか。
『受けといて良いんじゃないか?何かあったら俺がサポートするよ』
オルカからテレパシーが届く。別にテレパシーじゃなくても良い内容じゃないかしら……。
『そうね。ちょっと迷うけれど面白そうだわ』
私もテレパシーでオルカに返答を返す。
「返事は今すぐでなくてもいいよ。今日は遅いからもう寝た方が良い。明日また続きを話そう」
一度話は保留にされた。考える時間も与えていただける事が嬉しかった。
「そうですね。それじゃあ先生、おやすみなさい」
「ああ。おやすみなさい。良い夢を」
私とオルカはそれぞれ、用意してもらった簡易ベッドに体を横たえる。
目を閉じる前、オルカと視線を合わせる。そのまま目を閉じ、すぐに意識は眠りの底へと落ちていった。




