22話 帰還
軽い浮遊感の後、私とオルカは学院の敷地内、校門を入ったところに立っていた。手にしていた呪文書は跡形もなく消えている。
イレーネ先生が走ってきて出迎える。
「おか……おかえりなさい!はぁ、はぁ……ごめんね走ってきたから、はぁ」
先生は息整えると、改めて私達に向き直る。
「おかえりなさい、キリエさん、オルカさん。貴方達からの報告を学院長先生が直接聞きたいそうです。一緒に学院長室へ向かいましょう」
「はい」
イレーネ先生の後に続いて、校舎内に入る。廊下をしばらく歩き、職員室よりさらに奥の学院長室の前に到着する。
先生はコンコンと扉をノックし、ドアノブに手をかけた。ギィ、と低い音を立てて扉が開く。
「学院長先生、キリエさんとオルカさんが帰還しました」
あの時と同じ、学院長室。
「おかえりなさい、キリエ君、オルカ君。怪我はないかい?」
短く整えられた黒髪に青緑色の瞳をした、壮年といった見た目の男性。
「はい。私達は何事もなく無事です」
私の返答に、学院長先生は頷く。
そのすぐ後、少し厳しい顔つきになる。
「オルカ君からの連絡を受けたとイレーネ先生から聞きました。世界征服を企む魔導師を鎮圧したとか……」
「はい。野外実習先のカズ村近くのカズノ遺跡に、周辺地域から魔力を吸収する魔導師がいました。それで、無力化して眠らせました」
オルカの言葉を聞いて、学院長先生はなるほど、と目を閉じる。思考を巡らせているようだ。
「無力化は一体どうやって?スリープの魔法は授業で教わったと思いますが」
詳しく聞かれる。
「キリエがチャームの魔法を使用して。うまく魅了にかかってくれたので、その隙に俺がスリープの魔法をかけました。脳の奥深くに届くようにしたので多分俺がまたその魔導師に接触しない限りは起きることは無いと思います」
オルカの言葉を聞いて、再び考え込む学院長先生。
チャームはまだ、というか一年生の段階では教わらない魔法だった。通常使用する場合の成功率の低さ的に多分最上級生くらいで教わる魔法なんじゃないかなあ……と思う。
「なるほど。キリエ君はどんな魔法でも扱えるのか。一般的になんだが、チャームの魔法はモンスターが使用してくる魔法なんだ。人が扱う領域ではない。それをキリエ君は使いこなしている。一学期の成績をイレーネ先生より伺っているが、これほどまでとは……」
そもそも人間の扱う魔法ですらなかったわ。
感嘆とも困惑ともとれる学院長先生の反応。
やがて彼は意を決したように再び表情を引き締める。
「わかった。この事が外に……特に王国魔導院に漏れるとキリエ君が研究対象として捕らわれてしまいかねない。今回のことは内密に、学院内だけで調査を進めるよ。キリエ君は出来るだけお勉強を進めて、人の扱う範囲外の魔法の使用は避けること。良いかな?」
「わかりました。……あの……自分で考えて作った魔法は使用して大丈夫ですか?」
もしかしたら今日私が撃ったホーリーレインやヘヴンリィエクスプロージョン、ホーリーレイはどの魔導書にも載っていないのかもしれない。その可能性を考えた。
「それは……例えばどんなものだい?」
「えっと、どれも光属性の魔法で……」
と、私は今日使用した三種類の魔法と作用を説明していく。
「なるほどなるほど……。ホーリーレインは上のクラスですが学院で教えるね。ホーリーレイも市販の魔導書に載っているものだ。ただその、ヘヴンリィエクスプロージョンは初めて聞くものだな。ちょっとその魔法について学院の方で研究させてもらえないかな?キリエ君の今の説明で要点は抑えられたので」
やっぱり、どれかはこの世界に無い魔法だろうなとは思っていたけれど。
続けて学院長先生は言う。
「良ければキリエ君も研究に一部立ち会って貰えたらと思っているよ。キリエ君は提案者として、こういう事は出来ませんか?という形でイレーネ先生に話したというていで、学院で研究が始まった魔法という事にしよう。そうすれば怪しまれずに正式に魔法の完成という形まで漕ぎつける事が出来そうだ。イレーネ先生も良いですか?秘密厳守で」
「はい、学園長先生。生徒と学院の秘密はしっかりと守りますわ」
「キリエ君も、良いかな?出来たらオルカ君も一緒に」
「俺もですか」
「私はそれで大丈夫ですけれど……」
オルカにも話が振られる。
「オルカ君。君はイレーネ先生から、魔法のコントロールが得意だと聞いているよ。ならば、『優秀な生徒』としての立場で参加して貰えないかと考えている」
「具体的には何をすれば?」
「おそらくこの光の爆発という性質上、一般の魔導師には制御が難しい魔法だと思う。だから、実際にこの魔法を『常識的な範囲』の威力で使用する君の魔力の流れを見せて貰って、理論に組み込もうかと」
「なるほど。わかりました。引き受けます」
学院長先生はオルカの特性もきちんと把握している様子だった。
というよりも、イレーネ先生の観察眼だろうか。手抜きのオルカと集中したオルカの違いもしっかりと把握されていそう。
「それで、オルカ君はこの魔法を見ていてどう思った?」
オルカの視点でどう見えたか、この段階からもう研究は始まってるんだろうか。
「打ち上げ花火を室内で爆発させたらこうなるかもな、というのは思いました」
「花火と。なるほどなるほど……となると、火属性魔法のエクスプロージョンを光属性で発現させた、という認識で誤りは無いようだね」
わかりました、と学院長先生は手帳に何か書き記していく。
「ご報告ありがとうございました。二人とも、まだ野外実習は続けるかい?それならば滞在先のカズ村の付近までの転移呪文書を作成するよ」
「あ。そう言えば宿屋さんのお部屋取ったままだわ」
「荷物結構いっぱいだから終わってもいいけどな……」
「それなら、どちらにしろ一度カズ村には戻らないとだね。すぐにカズ村行きと学院行きの呪文書を用意しよう」
学院長先生はスクロールの魔法を唱え、出てきた魔法紙に手をかざして転移魔法のワープをそこに封じ込めていく。呪文書も魔法で作られているのね。
それならば、と私もポーションの魔法で小瓶に水を詰めた。
「それは?」
「美味しいお水です。オルカにも飲んでもらったら魔力回復効果があるという話だったので、呪文書作成に使用した魔力をこれで回復していただければと思って」
「お気遣いありがとう。キリエ君は優しいね。ありがたく頂戴するとしよう」
横でイレーネ先生がきらきらした目で私の作った水の小瓶を見ていた。
「キリエさん!その魔法も応用できるんですね!素晴らしいです!」
イレーネ先生は拍手をして褒めてくれていた。




