番外編 金谷千歳の悲嘆
『和泉! 和泉!!』
和泉が海にさらわれちゃった!
周りの人がどよどよっとして、「人が海に落ちた!」「船員さん呼ばないと!」と騒いでいた。
『和泉!!』
ワシは海に飛び込もうとしたけど、知らない人に制止された。
「君も落ちてどうする! 落ち着きなさい!」
『でっ、でも……』
じゃあどうすればいい!? じゃあどうすればいい!?
船員さんが「船を止めます!」と叫んで、和泉が落ちたところに浮輪を投げている。でも和泉は浮かんでこない。そう言えば和泉が泳げるかどうか聞いたことない、もしかしてカナヅチなんじゃないか!?
『和泉、和泉、和泉……』
ワシはその場にへたり込んでしまった。涙がポロポロ出る。和泉、和泉、死んじゃったのか? こんなところで? こんなにいきなり?
船員さんが来て、ワシをなだめてくれてるみたいだけど、なんにも耳に入らなかった。
そして、ワシはハッとした。閻魔大王様のお守り! 霊力を込めれば和泉がどこにいるか分かるやつ!
ワシは霊力を込めて、そして絶望した。和泉は海の底だ。じゃあ、じゃあもう……。
船が止まり、ワシはずっと泣いていた。どれだけ時間が経っただろう、ポケットのスマホが鳴った。通話に出たわけじゃないのに、スマホが叫んだ。
[千歳氏か!? 落ち着いてほしい、今、和泉氏の位置を特定した、近くにいる]
和泉のファンの声だ!
『そっ、それ死んで浮かんでるっていうんだろ!!』
[心拍数もある]
『えっ……』
和泉、和泉生きてる!?
[おそらく船の後方だ、落ちたのと同じ場所。船員に伝えてほしい]
スマホはそれきり沈黙した。ワシは船員さんを捕まえて『和泉船の後ろです! 落ちたのと同じところ!』と叫んだ。
「ど、どうしてそんなことがわかるんです!?」
『電話があったんです!』
「さ、探します!」
ワシも船の後ろに駆けていった。青い静かな海、その向こうに何か浮いていて、小舟がそれを引き上げていた。小舟が船のそばにやってきた。
「千歳!」
小舟の上、ぐしょぐしょに濡れた和泉がワシに手を振った。
『和泉! 和泉!! よかった、生きててよかった……!』
ワシはまた涙が出た。
船も小舟も神戸港について、ワシは和泉にやっと会えた。嬉しくて嬉しくて、ワシは毛布にくるまってる和泉に抱きついてしまった。
『本当に生きてる! 夢じゃない!』
和泉は、この時ばかりは抱きついちゃダメとは言わなかった。
「大丈夫、何とか生きてる。ごめんね、心配かけて」
『よかった、本当によかった……』
和泉はワシの背中をなでて、それからワシの耳にささやいた。
「ひどい亀に竜宮城に連れて行かれてた。乙姫様がさ、藁人形がたくさん捨てられてたって遺骨を回収してくれてて。魂の気配がする遺骨もあるって」
『竜宮城!?』
変な気配がしたの、それだったのか!
「話がややこしくなるから、おぼれかけたけど亀の背中につかまって助かったってことにしてある。あとで詳しく話すよ」
和泉はワシが持ってきた服に着替えてきて、そしてスマートウォッチを見てため息をついた。
「神戸着くの大幅に遅れた……新幹線の券、取り直しだな」
『そんなん気になるのか? 死にかけたのに』
「生きていくには、仕事してお金稼がないといけないからね」
和泉は苦笑した。まあ、それもそうだ。




