お金はともかく会って欲しい
「お前を育てた分の金を返してくれてもいいだろう!!」
父親の言葉に、俺は、とうとうこの人はそんな言葉を言うようになったか、と身を固くした。
父親にショートメッセージを送った後。すぐに返事が来て、何度も「会って話して欲しい」と言われたので、家に押しかけられるのも嫌だから場所を指定して会うことにした。いつもの個室のある喫茶店。
千歳は『ワシの出番だな』とでかくてごついヤーさんの姿になってついてきてくれて、俺はその気持が嬉しかった。
父親は思ったより老け込んでいて、目にクマがあるし白目は血走っていた。かなりのストレス環境にあるみたいだ。
俺は何度も、「おばあちゃんに洗いざらい話せばそっちで多少貸してくれる」と伝えたんだけど、「多少じゃ足りない」「お前は働き盛りだろうが」と繰り返した挙げ句、さっきの「育てた分の金を返せ」発言である。
千歳が、底冷えのするような低い声で言った。
『いくらだ?』
「え?」
父親は間抜けな声を上げた。千歳は苛立ったように言った。
『だから、和泉を育てるのにかかった金はいくらなんだ? その分払えば、あんたはもう来ないんだな?』
「……えっ」
『即金で払ってやる、口座どこだ』
俺は焦った。組紐でまたお金入ったし、確かに千歳には支払い能力あるけど、千歳が払う理由はどこにもない。
「千歳落ち着いて、俺も言いたいことがあるからちょっと待って」
俺は千歳の肩を優しくポンポン叩いてから、父親に向き直った。父親の育てた金を返せ発言に、俺だって思うところがあるのだ。
「お父さん。千歳は払う能力があるけど、もし俺が育ててもらった分のお金を払ったら、俺は恩を返したことになるから、もうお父さんともお母さんとも縁を持たなくていいということになるね? お父さんは、金の代わりに親子の縁を切る人ってことでいいんだね?」
「……!?」
父親は、やってしまったと悟った顔になった。
「ち、違う、悪かった、でも本当に金に困っていて……」
「それは知ってるけど、言っていいことと悪い事の区別もつかないの?」
「限界で……」
父親はうめき、血走った目が潤んだかと思ったら、手で顔を覆って泣き出してしまった。
「こんな、こんな事を言いたかったんじゃないんだ、本当は他にも頼みたいことがあるんだ……」
「頼みを聞くかは、聞いてから判断する」
俺は千歳に「ごめんね、千歳にお金なんて払わせないから」と笑いかけた。千歳はぶすっとした。俺に対してじゃなく父親に対して。
『泣けば許してもらえると思ってるのか? だいたいあんた、和泉のこと高校までしか育ててないじゃないか。大学から苦学生で就職したらブラック企業で、すっごい苦労したんだぞ、こいつ』
「申し訳ない……」
「それで、頼みって何?」
「……お母さんが入院中で……会って欲しい……おばあちゃんには内緒で……」
父親は必死に涙を拭い、そう言った。
「そう。お父さん、千歳からお金受け取って俺と縁切るのと、千歳からお金受け取らないで俺がお母さんと会うのと、どっちがよかったの?」
父親に二択を突きつけると、父親は泣き腫らした顔で息を呑み、しばらく逡巡してから、ため息とともに言葉を吐き出した。
「……会ってほしい」
……堕ちるところまでは堕ちなかったか、この人。
「わかった、会うよ。でも会うだけだよ」
「それでいい」
「あと、足りないとしても貸してもらえる先はあったほうがいいから、おばあちゃんには洗いざらい話してほしい」
「…………」
父親は途端に黙った。話したくないんだろうな……。
「おばあちゃんのところに一緒に行こう。それで洗いざらい話せたら、俺はお母さんのお見舞いに行く」
もはや子供に諭すように言ったら、父親はしょぼくれたまま黙っていたが、やがて頷いた。




