番外編 金谷千歳の涙
ワシは、呆然としながら、チビ和泉を連れて家に帰った。チビ和泉はさっきのことがあんまり訳がわかってないみたいで、でもワシが元気ないことは伝わってるらしくて、ずっと不安そうにワシにひっついてた。
『……とりあえず、手洗いとうがいな。インフルエンザすごいからな』
チビ和泉に手洗いうがいさせたけど、ワシは気落ちしてそれ以上何もやる気が出なくて、チビ和泉を膝に乗せてコタツに入った。
「ちとしぇ」
ぎゅっと抱きついてくるチビ和泉のつむじを見つめる。
……こいつが本当に小さかった時、どんな暮らしをしてたのかな。おばあさんにかわいがってもらってた?それともこの年からもう母ちゃんと父ちゃんに困らされてた?
思えば、こいつは結構かわいそうな人生を送ってきたんだよな。母ちゃんの詐欺みたいな商売につきあわされて、そのせいで幼なじみに絶交されて、それから友達をつくらないで寂しい思春期をすごして、大学に入ってからは苦学生で、就職したらブラック企業で体壊して……。
「ちとしぇ、たいたい?」
『……どこも痛くない、大丈夫だ』
ワシは、チビ和泉の頭をぐりぐりなでた。
いい子だ。こんなにチビなのに、ワシが元気ないのを心配してくれて。かわいくて、いい子だ。
こんなかわいくていい子、辛い目になんて遭わせたくないな。ずっと幸せに暮らして欲しい。
……もしかして、こいつをもう一回育て直したら、もう少しマシな人生を送らせてやれるのか? こいつは、今すぐ大人には戻れないけど、大人に育つことはできるんだ……。
『和泉』
「んー?」
『……もっかい、人生やり直すか? ワシが育ててやるよ』
「え?」
ワシは、チビ和泉を抱きしめた。
『お前は、なんにも心配しなくていい。たくさん遊んで、たくさん寝ればいい。お前、大変な人生送ってきたんだから、今度は幸せな人生をやれ。いっぱい友達作って、いっぱい遊んで、いっぱい笑って……』
本当は、ワシは不安でいっぱいだった。チビ和泉の世話だけならともかく、親をやってやれる自信なんて、全然ない。大人和泉がどんなに頼れる存在だったか、今さら思い知った。
でも、チビ和泉を育ててやりたかった。もう一度、今度は幸せな人生を送らせてやりたかった。幸せな人生を送る、大人に育ててやりたかった。
自信のなさと、不安と、和泉を不憫に思う気持ちと。いろんな気持ちが押し寄せて、ワシはチビ和泉を抱きしめながらボロボロ泣いてしまった。
チビ和泉は、ワシの涙を見てオロオロし始めた。
「ちとしぇ、ちとしぇ、たいたいとんでけ!」
『痛いんじゃないよ、ごめんな、泣いてごめんな、大丈夫だから、お前は何にも心配いらないから……』
それでもワシは涙を止められなくて、止めようとして必死に涙を拭って、でもあんまり泣きすぎて、拭った手から溢れた涙が和泉の口に一粒入ってしまった。
『あっ、ごめん……』
謝った瞬間、膝に乗ってるチビ和泉が重くなった気がした。
『ん?』
え? あれ? チビ和泉がなんかでかくなって……。
びっくりしてる間に、チビ和泉はみるみる大きくなり、幼児服は破け、あっという間に大人和泉が目の前に現れた。
『和泉!?』
「えっ、えっ、千歳! 何で!?」
和泉は目をまん丸くし、あたりを見回し、自身の身体を見て素っ裸なのに気づいたらしく「うわっごめん!」と騒いだ。
「ご、ごめんとりあえず服着る、ごめん上乗っちゃって! あっち向いてて……」
『和泉ーっ!!』
何で戻ったのかわからないけど、ワシは嬉しくて、ものすごく安心して、全裸の和泉に抱きついてしまった。
『よかったーっ!! どうしようかと思ってた!! ワシ一人じゃどうしていいか分かんなかったよーっ!!』
別の意味で泣きそうだ。
「ちょっ、まっ、千歳、当たってる! そんな簡単に当てちゃいけない!!」
和泉は心底慌てた顔でワシから体を離そうとして、そこでワシはやっと、今のワシは二十歳くらいの朝霧の忌み子の姿だから乳がでかくて、抱きつくと和泉に乳を押し当ててしまうことに気づいた。
ワシは乳が当たらないように少し体の位置を調整したけど、でも嬉しくて和泉に抱きついたままでいた。
『ケチ! 嬉しいんだからぎゅーくらいさせろ!』
「ま、まあ俺も元に戻れて嬉しいけども、服着させてくれませんか……」
和泉がなだめるようにワシの背中をぽんぽんしてくれたので、ワシはやっと和泉から離れる気になった。
『わあー、チビの服すごい破け方だ』
「あっち向いてて、服着てくるから」
和泉はこたつ布団で股間を隠すようにした。
『別にそんな気にすんなよ、一緒に風呂入ったことあるだろ』
「でもなんか恥ずかしいよ!」
『しょうがないな、あっち向いてるから』
ワシは和泉と反対の方を向いた。真面目でお固くて奥手な和泉、大人で頼りになる和泉、それが戻ってきて、また涙が出そうになるのを隠しながら。




