狐のお宿に泊まりたい
「明日の夜6時、泊まる準備を済ませてから玄関の扉を開け。妾の家に繋がるようにしておく」
そう九さんに言われたので、次の日の夜、泊まり道具や着替えをまとめて千歳と玄関に行った。
「本当に開けるだけでいいのかなあ」
『九さんくらいの狐なら、うちの玄関と異界繋げるくらい簡単だぞ。大丈夫だ』
「じゃあ」
恐る恐る玄関を開けると、そこにはいつもと全く違う光景が広がっていた。
山道らしい、草木が生い茂った道。少し先には立派な黒い門構えがある。
「え、あの門の先かな?」
『そうだな、結構立派な家だな』
恐る恐る門の前まで行くと、紅白の花が咲き乱れる広い庭があった。囲いがあって、中でたくさんの鶏が地面をついばんでいる。その先に漆喰の大きな家があり、玄関らしき引き戸が見えた。
「入っていいのかな、インターホンとかないけど」
立派な家なのだが、電化製品らしきものが見当たらないのだ。
『入って玄関叩いて、来ましたーって言えば大丈夫だよ』
「う、うん」
門をくぐると、玄関の引き戸が開いて、子どもが二人顔を出した。え、普通の子じゃない、頭に狐耳が2つピンと立ってるし、なんなら顔も手も狐っぽい色の毛皮でふわふわ!
「ようこそ!」
「和泉様と千歳様ですね?」
巫女服の狐の女の子たちは微笑んだ。
「あ、はい、和泉と申します。お招きいただきありがとうございます」
俺は、前かがみにならないよう気をつけながら頭を下げた。前かがみになると胸が痛いんだよ!
『こんばんは! ワシも入れてくれてありがとう!』
千歳が笑って言う。
「九様に申し使っております。どうぞ奥へ」
案内されるがままに家に上がり、奥の畳の間に通されると、九さんが座卓についていた。
「おお、よく来たな。まあ座れ」
九さんは俺達へ座るように手を動かした。
「今日はありがとうございます、よろしくお願いいたします」
『よろしくー!』
二人でお礼を言い、座椅子に座らせてもらう。さっきの狐の子がおしぼりを持ってきてくれた。
「どうぞ!」
「あ、すみません」
『ありがとう!』
手を拭いていると、九さんに言われた。
「今食事を出させる。その後はうちに湧いている湯に入れ、これも少しは体を癒やすはずじゃ。宇迦御魂神様の話は、食事しながらにしよう」
そう、俺たちが九さんちに泊まりに来たのは、宇迦御魂神様が会いに来るからでもある。
「ありがとうございます、ごちそうになります」
さっきとは別の、狐耳だけ生えた巫女服の女の子たちが次々にお盆を持ってきた。並べられたメニューは、ナスの鴫焼き、刻みオクラの鰹節がけ、みょうがと豆腐の味噌汁、鶏の照り焼き、ご飯。千歳は単に「うまそう!」とはしゃいでたのだが、俺はメニューを見て、あることに気づいた。
「あ、もしかして、宇迦御魂神様にお会いするから五葷と獣肉なしですか?」
「そうじゃ、礼儀として潔斎をな。明日の朝もそうじゃぞ」
朝ご飯も出してくれるんだ、世話になりっぱなしだな……一応お金包んできたけど、それでいいのかな……。
三人でいただきますをして食べ始めたが、俺は、襖の向こうに人の気配を感じてそちらを見た。九さんも気づいたらしくて「これ、何をしとる」と席を立って襖を開いた。すると、さっきの狐の女の子たちが転がり込んできた。襖に密着してたんだろう。
全身毛皮の女の子、狐耳だけ付いてる子、骨格からしてだいぶ狐なのに頑張って巫女服だけ着てる子。ケモナー大歓喜だな……。
「アホタレ、そんなに珍しいか」
九さんに怒られた女の子たちは、口をとがらせた。
「だってお客様なんて久しぶりなんですもの!」
「しかも男の人!」
「なんでうちは女ばっかりなんです!?」
九さんは女の子たちの頭を軽くはたいた。
「色恋は修行の邪魔だと言っておろうが!」
そして九さんは俺の方を向いて、「すまんの」と言った。
「こやつらは妾の弟子なんじゃが、女しか弟子を取っておらんでの、男が珍しいんじゃ」
「あ、いや別に、大丈夫です」
女子校みたいな環境なのか。俺みたいに特にイケメンでもないのが珍しがられるって、相当男に飢えてるんだな……。
『ワシも別に女じゃないぞ?』
千歳は自身を指さした。狐の女の子たちは目を見開いた。
「ええ!?」
「どこからどう見ても女の子ですけど!?」
『いや、その、服着てたらそうなんだけどさ』
千歳は説明に苦慮したように眉根を寄せた。まあ服を脱いだら確かに一部男なんだけど、裸になるのもいやだろうしな。
俺はとりなした。
「その、ちょっと医学的に性別が区別つかないだけで、普通にしてたら女の子の体格ですね。まああんまり気にしないでください」
九さんは狐の女の子たちをしっしっと追い払った。
「下がらんか、真面目な話もできんじゃろうが」
「はあーい」
「ちぇー」
女の子たちが退場して襖を閉めたあと、九さんは席について言った。
「で、宇迦御魂神様じゃがな。お主らの様子を見たがってはおられるのじゃが、今回の礼は別にいらんとおっしゃっておられるのじゃ」
「え、そうなんですか?」
『なんで? 今回すごく霊力貸してくれたんだろ?』
「詳しいことは妾にもわからん。明日話してくださるかもしれんが。まあ、お主らが礼を持って接すれば恐ろしい方ではない」
謎が残ったままだったが、とりあえず食事は終わり、俺達は狐のお宿のお風呂を借りに行ったのだった。




