番外編 金谷千歳と髪束
体を使う遊び、お昼寝、お絵かき、テレビとタブレットの幼児番組、そして何より和泉の活躍。それでワシは何とか睡眠時間を確保して、何日かして、やっと日中ずっと起きてられるようになった。
『大丈夫になった! 元気元気!』
朝、りゅーちゃんの食事を出しながら和泉にそう言うと、和泉は「そりゃよかった」と嬉しそうだった。
それで、余裕ができたから、ワシはやりたいことがあった。
『りゅーちゃんの髪を切ろう』
「そうだね、たぶん伸びっぱなしだしね髪の毛。整えてあげたほうが」
『そうなんだけど、そうじゃないんだ』
「?」
和泉は不思議そうな顔をした。そうか、説明したほうがいいな。
『あのさ、りゅーちゃんは多分生まれてから一度も髪切ってないんだ。生まれてから一度も切ってない髪って、霊力が強くなるから』
「そうなの!?」
「でも、りゅーちゃんは霊力が強くて苦労するわけだから、少しでも減らすために髪切ったほうがいいと思うんだ』
「へえー、なるほど、そんなんあるんだ……」
そういう訳で、夕飯のあと、お風呂前。ワシはりゅーちゃんを『髪の毛切ろうなー』とお風呂場に誘った。りゅーちゃんは不思議そうだ。
「かみのけきゆの?」
『うん、頭軽くなるからなー。アンパンマンのチョコあげるから、しばらくお座りして大人しくしててな』
「あんぱんまんちょこ!?」
りゅーちゃんはアンパンマンチョコというだけで飛び跳ねて喜んだ。いや、大人しくしててくれよ。
ワシはりゅーちゃんにアンパンマンの棒付きチョコを渡して、それをしゃぶらせて、風呂場の椅子に座らせて、大人しくさせた。りゅーちゃんの首元にぐるりとバスタオルを巻いて、ワシが使ってるヘアゴムをたくさん持ってきて、髪束を何本も作ってヘアゴムでとめる。和泉はまた不思議そうだ。
「普通に切るんじゃないんだ?」
『同じ長さの髪束をたくさん作っといたほうがいいからな、あとあと』
「え? 何かに使うの?」
『まあ、そうだ』
あとでちゃんと説明したほうがいいな。
ワシはりゅーちゃんの髪束を慎重に切り落とした。同じくらいの髪束がきれいに8本。それだけだとただのおかっぱだから、男の子みたいになるように髪を短く整えたんだけど、それで切り落とした髪もちゃんと回収した。
「それも取っとくんだ?」
『うん。今後さ、この子の霊力が欲しくてなんか言ってくる奴がいてもさ、この髪渡せばある程度は黙らせられるから』
「えっそうなの!?」
『すごく霊力があるんだよ、霊力が高い人の髪って』
「そんなにすごいんだ……」
そんな事を話してるうちに、りゅーちゃんはアンパンマンチョコを舐め終わってしまったらしい。
「ちょこもっとたべゆ!」
『一個だけ! 和泉おじちゃんとお風呂入りな』
「もっとたべゆのー!」
りゅーちゃんが騒ぐので、和泉が慌てておもちゃボックスを持ってきた。
「あーよしよし、レゴなんでもお風呂に入れていいからね、おじちゃんとお風呂入ろ」
「ええー」
「ねっ、お風呂で遊ぶと楽しいよ」
「しょーぼーししゃんもってく……」
りゅーちゃんは渋々と消防士の人形のレゴを手に取った。
「いいねえー! えらいねえー!」
和泉は大げさにりゅーちゃんを褒めた。なんだかんだで小さい子の扱い慣れてきてるな、和泉。
和泉とりゅーちゃんがお風呂に入って、ワシは一休み。スマホが震えたから、見ると和束ハルからだった。
「アタリの子の、とりあえず3時間は霊障抑えられる術式できたで」
「マジか! ありがとう!」
「そっち持ってってええか?」
「うん、助かる! チビがいるとなかなか手が離せなくてさ」
「じゃあ行くわ」
和束ハルはすぐに来た。遠隔操作の人形のはずだけど、全然違和感ないな。
「ほれ、お守りっぽく作っといたで。これ首にかけさせればOKや」
『わー、ありがとう!』
和束ハルがくれたのは、紐がついた緑色の小さな袋。
「中の紙はラミネート加工してあるから、多少濡れても平気や」
『うわー助かる、風呂中もかけとかなきゃいけないもんな』
玄関先で話してると、風呂場の方からりゅーちゃんがきゃっきゃ言う声が聞こえた。風呂から出たな、と思ったら、和泉の「そっち行っちゃダメ!」の声が聞こえて、おむつ一丁のりゅーちゃんが走り出てきて、玄関前でずべしゃと転んだ。
『大丈夫か!?』
「平気かおチビちゃん!?」
慌てて助け起こそうとしたが、りゅーちゃんは何事もなかったかのように起き上がり「だーえ?」と和束ハルを興味深げに見つめた。ワシはりゅーちゃんが外に行かないように抱き上げた。
『和泉! 捕まえたから!』
「ごめん! 俺今すっぱだかなんだよ!」
『ゆっくり服着とけ! 客に変なとこ見せるな!』
「ごめん!」
「ねー、だーえ?」
りゅーちゃんは和束ハルに興味津々。和束ハルは、りゅーちゃんを見て微笑んだ。
「おばちゃんはハル伯母ちゃんやで」
「ハルおばちゃんー?」
りゅーちゃんは首を傾げた。
「お守りあげたからな、首から下げとき」
『本当ありがとうな、なんかお礼させてくれ』
「ええてええて」
和束はひらひらと片手を振り、そしてその手でりゅーちゃんの頭をそっとなでた。
「ええとこに来たな、おチビちゃん。ハルおばちゃんのこと、よろしくな」
「うん!」
りゅーちゃんは喜び、だけどワシは言葉に詰まった。そうだ、りゅーちゃんは和束ハルの甥に当たる。和束ハルは母親にも妹にも思うところはあるけど、でも、何も知らない甥はかわいがることに決めたのか。
ワシは和束ハルに言った。
『この子、竜って名前つけたんだ。りゅーちゃんって呼んでやってくれ』
「りゅーちゃんか、ええ名前や。りゅーちゃん、大人の言うことよく聞いて、元気にやり」
「うん」
和束ハルは、もう一度りゅーちゃんの頭をなでた。
「じゃ、帰るわ」
『ありがとな。りゅーちゃん、ハルおばちゃんにバイバイしな』
「ばっばーい!」
りゅーちゃんが片手を振る。和束ハルはりゅーちゃんの笑顔に目を細め、そして帰っていった。




