番外編 金谷千歳の到達
高千穂先生は「子供持つことだけが幸せじゃありませんよ」と慰めてくれたけど、ワシはショックで悲しくて言葉が出なかった。とってもいいことがうまくいくと思ったのに、和泉を幸せにしてやれると思ったのに、ダメだった。ワシは和泉を幸せにしてやれない。ワシじゃ和泉を幸せにしてやれない。
とぼとぼと家に帰った。その間、自分に言い聞かせてた。何か物事が悪くなったわけじゃない、ワシはまた和泉が他の女と結婚できるように頑張ればいいんだ。それだけだ。何も悪いことは起きちゃいない。
でも、でも……ワシじゃ和泉を幸せにしてやれないんだ……。
玄関を開けたら、「お帰り!」と和泉が玄関先まで出てきた。
「遅かったね、大丈夫だった?」
『…………』
ワシは、こいつを誰よりも幸せにしてやりたいのに……。
秘密にしようと思ってた。うまく行かないってわかったから。でも、和泉の顔を見たら我慢しきれなくて、ワシはボロボロ泣き出してしまった。
『ごめん、ワシじゃお前を幸せにしてやれない、お前を幸せにしてやりたいのに、世界一幸せにしてやりたいのに……』
「ど、どうしたの!?」
和泉は大慌てし、ワシの背中をなでた。それから軽く抱きしめてワシの背中をとんとんした。ワシは、全然泣き止めなかった。
ワシは泣きながら話した。ワシが和泉の子どもを産めれば全部解決すると思ったこと。朝霧の忌み子じゃ無理だけど、女の姿にもなれるんだからその姿なら子供産めるんじゃないかと思ったこと。でも高千穂先生に頼んでCT撮ってもらったら、どの身体でも子宮がなくて、卵子も作れないこと。
和泉はワシの背中をなでながら言った。
「そんな……俺は十分幸せだよ、泣かないでよ」
『だって、だって、お前に子供抱かせてやれない、お前は絶対すごくいい父ちゃんになるのに、子供作ってやれない』
「泣かないで、あのね、なんていうかね、俺も俺のことをちゃんと話すから、落ち着いて」
和泉は「とりあえず家に上がりな」とワシを促した。ワシは涙と鼻水でぐちゃぐちゃな顔のまま、和泉に手を引かれてリビングまで行った。
「座りな? 俺の気持ち、ちゃんと話すから」
『うっ、うん……』
和泉はテーブルのティッシュをワシにくれて、でもワシはどうしても泣き止めなかった。ひっくひっく言ってるワシの背中をなでながら、和泉は話した。
「幸せってね、段階があるんだよ。例えば食べるものにも事欠いてたら、自己実現なんて夢のまた夢じゃない」
『そ、そうだけど』
「幸せの基礎ってあるよね、食べ物があること、お金に困ってないこと、安心できる家があること。基礎がなかったら、他に恵まれたことがあっても、幸せに思えないじゃない」
『う、うん』
和泉が何を言いたいのかわからない。
「俺の幸せの基礎にはさ、千歳が幸せなことが入るんだ」
『わ、ワシ?』
和泉はワシを見つめた。
「俺はさ、千歳が幸せでいてくれないと幸せの基礎がだめになっちゃうんだよ。他の幸せがあっても、もう幸せじゃないんだ。そりゃ他に望みがないとは言わないけど、千歳が隣で楽しくやっててくれなかったら、俺はもうそれだけで幸せじゃないんだ」
『でっ、でも』
反論しようとするワシを、和泉はぎゅっと抱きしめた。
「だから……泣かないでよ、そんなことで」
その和泉の声は、涙声だった。
和泉は……ワシが悲しいと悲しくなっちゃうのか!? 和泉にとって、ワシが悲しいことに比べたら子供は「そんなこと」なのか!?
ワシは、泣き止もうと思った。今なら泣き止める気がした。ワシは、抱きしめられながら顔を上げて、和泉の顔を見た。
『和泉……ワシが幸せじゃないと、お前幸せじゃないのか?』
「うん」
和泉は大きく頷いた。
『そっか……』
なんて言えばいいかわからなかった。でも、しばらく和泉の胸に抱かれていたい気持ちだった。ワシは和泉の背中に手を回して、ぎゅっと抱きついて、しばらくそのままでいた。




