これなら太らざるを得ない
朝、香ばしく甘い匂いで目が覚めた。トーストの香り? いや、それよりもっとやわらかな、幸せな香りだ。
千歳はすでに起きていて、寝室を出た俺に台所から声をかけてくれた。
『おはよう! 今日の朝飯は焼きたてパンだぞ』
「パン!? 作ったの!?」
『うん、しばらくお前米食べられないだろ、どうせだからパン作りも覚えたくてさ』
そして朝食には、ふわふわの白い平焼きパンがでた。それからハムエッグ、レバーペースト、味噌汁、人参ときゅうりのぬか漬け。千歳はパンに加えてどんぶり山盛りご飯。
いただきますをして、俺は早速パンに手を伸ばした。焼きたてで温かい。ちぎって口に運ぶと、もっちりとして麦の甘みが素晴らしい。
「おいしい! もちもち! これ何パン?」
『フォッカチオ! 高加水のやつだからもちもちなんだ、雁ヶ音さんがレシピ教えてくれた』
「へえー」
レバーペーストも合う。まろやかな風味で何の臭みもないレバーペーストも、千歳の手作りだそうだ。本当に何でも作ってくれるな……。
朝ごはんを食べて一息つき、家の前(坂がない)を少し散歩して、家でのんびりしていたら狭山さんからLINEが来た。
「今、家いらっしゃいます? 行っても大丈夫ですか?」
「大丈夫です、どうかしましたか?」
「退院祝い持っていこうと思って。奥武蔵さんと選んだんで、ぜひ受け取ってくださいよ」
「え!? いやー、ありがとうございます」
俺は台所仕事している千歳に言った。
「狭山さんが今来て退院祝いくれるって!」
『え! よかったなあ、何くれるのかな』
「なんだろうね、お見舞いの時も俺の好きなもの持ってきてくれたし」
入院初期に狭山さんが来てくれたとき。最近オレンジジュースは高いのに、狭山さんはわざわざオレンジ100%のジュースを探して買ってきてくれた。いい人なんだよ。
狭山さんはすぐ来た。
「和泉さん、だいぶ消耗してるみたいなんで。リカバリーウェアどうぞ」
「え!?」
『あの高いやつ!?』
狭山さんは微笑んだ。
「普段お世話になってるのに比べたら、全然高くありませんって。上下一揃え2枚ずつありますから、適当に洗い替えに使ってください」
「うわー、ありがとうございます!」
リカバリーウェア、疲労回復で話題だが、なかなか手が届かない値段だ。それを4枚も!
千歳は嬉しそうだ。
『よかったな! パジャマにしてどんどん回復しろ!』
「本当にありがとうございます、これでちゃんと療養します」
そんなこんなで狭山さんは帰り、千歳はお昼にまた色々作ってくれた。ほうれん草のケークサレ、牛肉のトマトシチュー、レーズンのヨーグルト漬け。
「このトマトシチュー、なんか味が深くておいしいね」
単にトマトで牛肉を煮込んだにしては、香りが良くておいしい。パプリカも入ってるから、その香りなのかな?
『グヤーシュっていうんだ、ハンガリーのシチュー。赤身の牛肉は鉄分多いって言うから、お前にいいと思って』
「ありがとう、本当に……」
もう本当、千歳には足を向けて寝れないな。いや、隣に寝てるから足を向けて寝ることはないけど。
『レーズンも鉄分多いからな、ちゃんと食べろな』
「うん、ありがとう」
千歳は、お昼の後も台所に立って何か作っていた。レモンのいい香りがする。
「何作ってるの?」
『レモンカード!』
「レモンカード?」
『レモン入りカスタード。お前好きそうな味だから』
「えー、おいしそう!」
『バターたっぷりだから、お前を太らせるのにいいと思ってさ』
「頑張って食べます」
折しもゴールデンウィーク。狭山さんのDiscord鯖の面々と楽しくチャットしていると、あっという間におやつの時間。千歳は、焼きたてスティックパイとサイダーを出してくれた。
『さっきのレモンカード入り! あと、かりんサイダー』
「うわ、いい香り」
一口かじると、甘酸っぱさのあと、ふわっと香るのがレモンのさわやかさとパイの香ばしさ。これはたまらないな……。
「でも、一日中こんなに作ってもらっていいの? 千歳も仕事あるんじゃない?」
『ああ、組紐の仕事だからさ、お前がいない間に先取りでやったことになったから、今時間あるんだ』
「そうなの?」
千歳は口をとがらせた。
『だって、お前の入院中、ワシ家でずっと暗い気持ちでさ、組紐作りまくって気をそらさないとやってけなかったんだもん!』
「え、そうだったのか……」
千歳、俺の前では明るくいたけど、やっぱりすごく悲しんでたのか……。
「心配かけてごめんね、でももう大丈夫だからね」
『お前が太るまで、あんまり大丈夫じゃないなあ』
「食べます、メイバランスも飲みます」
『よし』
千歳は我が意を得たりと笑った。朝からごちそう攻めで、メイバランスがなくても体重戻りそうだよ。




