それでもすべては解決しない
昨日から今日にかけて、たくさんの人から退院おめでとうをもらった。狭山さん、おっくん、萌木さん始め会社の人達、狭山さんのDiscord鯖の面々、そして俺のファン(インターネット付喪神)。南さんと、水香さん経由で九さんと深山さんからもおめでとうが来た。
俺はみんなにお礼を言いつつ、退院後も一ヶ月くらい療養することを伝えた。すぐに万全に動けると思われると困るからな。
さて、がんにならないためには、太ることと禁酒だけじゃなくて、適度な運動も必要である。そういうわけで、千歳と久々に散歩に行った。
最近のこの季節にしては涼しく、過ごしやすい。そして、バラの季節でもある。近所の生け垣や公園に咲き誇る、深紅のバラ、白いバラ、黄色のバラ、ピンクのバラ。黄色だけど縁だけ赤いバラや、ピンクだけど縁だけ赤いバラもある。おばあちゃんに送るために写真を撮った。
『いやー、きれいだな!』
「本当だね」
『お前が退院するまで、花なんて見る余裕なかったよ』
「心配かけてごめん」
『別にいいよ』
千歳は微笑んだ。
それにしても、おばあちゃんに花の写真送るのは久しぶりだ。嘘ついてるのは心苦しいけど、ちゃんと治ったよとは伝えなくちゃ。
それなりに歩いてから帰途につく。そして俺は困った。家の前の上り坂で、息が上がりきってへたり込んでしまったから。くそー、行きは下り坂だったから気づかなかったけど、そう言えば俺貧血でフラフラなんじゃん!
千歳がすごく心配そうに俺の顔を覗き込んだ。
『おい、大丈夫か?』
「貧血……この上り坂はきついかも……」
『動けなさそうか?』
「ちょっと休ませて……」
俺がそううめくと、千歳は少し考えてから俺に言った。
『お前、ワシの首につかまれるか?』
「首?」
『ワシの首に抱きつく感じ』
千歳が何をしたいのかわからなかったが、考えられる状態じゃなかったので、俺は素直に千歳の首に手を回した。
『よしよし。よっと』
すると千歳は俺の背中を支え、俺の膝の裏に手を回し、なんと俺をお姫様抱っこしてしまった。
「え、ええ!?」
『よし、これで家まで運ぶから』
「い、いや前みたいに俵みたいに担いでもらえればそれでいいよ!」
『前? いつだっけ』
千歳は首を傾げた。
「ほら、会った初めの年、帰りが遅くていつの間にか巨大化してたとき」
『あー、そう言えばそうだったな』
千歳は、俺をじっと見て、そして言った。
『ワシは、あの頃よりお前が大事なんだ』
「えっ……」
俺のことが大事!? あの頃よりも!?
びっくりしてドキドキして、不覚にもキュンとしてしまった。俺が大人しくなった隙に、千歳はスタスタ家まで俺を運んで行った。
千歳は、家の前で俺を下ろして言った。
『昼飯、パンとレバーペーストな。鉄分とれ』
「ありがとう……」
『ほうれん草の巣ごもりたまごも作るぞ』
「本当にありがとう……」
千歳がここまでしてくれるんだから、俺も努力しないといけない。血を作る、太る、元気になる……漢方の力を借りるか。
お昼ご飯後。俺は、退院したことを伝えるためと、漢方薬を買うために父親に電話した。
「あ、もしもし、お父さん?」
「大丈夫か? どうかしたか?」
「昨日退院した。抗がん剤のせいでさ、痩せて貧血でフラフラだから、四君子湯28日分買いたいんだけど」
四君子湯という漢方薬は、食欲と元気のない人に使うものだ。それに加えて造血作用もある。割とシンプルな漢方薬だが、漢方薬はシンプルな方が効きが早いとされている。
父親は不思議そうだ。
「四君子湯? 十全大補湯じゃなくていいのか?」
「補血の生薬は、俺の胃にはきついよ」
漢方薬には血を補う生薬もあるのだが、大体が胃に重い。俺の胃には四君子湯が合うと思う。
父親は言った。
「すぐ送る」
「お金、どこに振り込めばいい?」
「あとでLINEで送る」
「よろしく」
そういうわけで電話を切った。千歳が俺のところに来た。
『なんか薬買うのか?』
「あー、食欲が出て血を作る漢方薬をね」
『お前にぴったりじゃないか!』
「うん、とりあえず1ヶ月分買った。これで太れればいいけど」
太るのと貧血はこれでいいとして、俺は最近気づいた懸念がある。
なんというか……その……役に立たなくなってる。下半身が。朝の起き抜けもダメ。
抗がん剤は、男性ホルモンに直接は影響しない。だけど、がんのショックや抗がん剤の負担は極度のストレスだったし、間接的には心身に大いに影響があっただろう。
身体が回復すれば、元に戻るかな? それとも、ずっとこのままなのかな?
……治っても、千歳と性的なことはできないだろう。フラれたし。
役に立たないなら立たないで、千歳とそういうことができないことに苦しまなくて済むかな? もう二度と役に立たないなら、悲しいけど、諦めがつくかな? 悲しいけども。すごく悲しいけども。




