いっぱい食べさせ眠らせたい
今日の9時半に退院。俺は、朝のうちに太田さんたちや主治医先生に「お世話になりました」と挨拶して回った。
9時半になって、千歳が迎えに来てくれた。
『荷物持つよ、今のお前が持ってたら骨折りそうだ』
「流石に骨折はしないと思う……でも、ありがとう」
体力がごっそり削られているので、千歳が荷物を持ってくれるのは助かる。会計をして入院代を払ったら(なかなかの金額だった)、病院のタクシー乗り場でタクシーを拾い、まっすぐに家へ。赤い屋根にベージュの壁、飾りの赤レンガ、夢にまで見た我が家だ!
「やれやれ、ようやく家だ、ただいま」
そう言いながら玄関に上がると、先に入って荷物を置いていた千歳が振り返り、ボンとお化けの姿になって俺に抱きついてきた。
『お帰り! お帰り! お帰り!!』
千歳は、そのままぐすぐす泣き始めてしまった。そうか、そんなにまで俺を待ってくれていたのか……。
「うん……ただいま」
俺は、感極まって千歳を抱きしめた。千歳はしゃくりあげながら言った。
『お、お前が家にいなくて、ずっ、ずっと寂しかった、一人で寂しかった……』
「もうどこにも行かないよ、また入院しないように頑張るから」
『うん……うん……』
とはいえ2ヶ月後には、再発してないかCT調べる予定である。5年間再発しなければとりあえず安心だが、それまでは定期的に検査して再発がないか調べないといけない。
やっと千歳が落ち着いたところで、2人でリビングに移動して、俺は今後の指針を千歳に伝えることにした。
「厚生労働省の言うところによると、がんにならないためには、俺はお酒を飲まないことと太ることが必要みたい」
厚生労働省のがん予防リーフレットで言われているのは、節酒、禁煙、食生活の見直し、運動、適正体重の維持。俺はタバコ吸わないし、食生活は千歳のおかげでバッチリだし、ある程度散歩もするしで、だから俺ができるのはお酒を飲まないことと太ること。
千歳は首を傾げた。
『太るのはともかく、酒ほとんど飲まないだろお前』
「たまには飲んでたけど、これから5年はお酒一切飲まないよ。後悔したくないから」
『じゃあ、頼むな。ワシも飲ませて後悔したくない』
抗がん剤の影響でしばらくお米が薬臭いので、千歳はお昼に肉と野菜たっぷり焼きそばを作ってくれた。千歳は焼きそばを箸で持ち上げながらニコニコだ。
『お前と飯食うの久しぶり! 嬉しい!』
「俺も嬉しいよ」
好きな人が自分との食事を喜んでくれる、こんなしみじみとした幸せがあるだろうか? いや、千歳にはフラれたけどさ。これからも一緒にいてくれるんだから、それくらいの幸せ感じたっていいだろ?
千歳は人参のぬか漬けも出してきてくれた。ぬか漬けのリクエスト、覚えててくれたんだ。
いちょう切りに切られた人参をかじると、塩っ気と糠の旨味、人参の甘みが口に広がる。
『結構うまくできてるだろ?』
「おいしい。今お米がおいしくないのがもったいないな」
『米なくてもよかったら、毎日朝飯に出すぞ?』
「食べたい食べたい」
メイバランスもしっかり飲み、すっかり満腹。お皿洗おうとしたら『仕事復帰するまで家事は免除だ』と言われて大人しくすることにした。ていうか、たっぷり食べたらまぶたが重くなってきちゃったな……。
入院中散歩もあんまりしなかったし、貧血だし、体重大減少だし。食べられるようになっても、しばらくは寝たり起きたりかな……。
千歳が皿洗いから戻ってきて、大あくびしてる俺を見て言った。
『昼寝するか?』
「寝たいです」
『うん、今のお前は食べて寝るだけで偉いからな』
千歳は笑った。
「俺、赤ちゃん?」
俺も笑った。
千歳に布団を用意してもらって、俺は久々の我が家で眠りに落ちた。




