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断髪

創作企画「ヒューマリウム」より

 憧れた理由などもう覚えていない。しかしその男は、数多いる軍人の中でも一人、自分には輝いて見えた。


 出世街道を外れて、部下と日々、相手のいない戦争を想定した訓練に明け暮れる。ただそれだけの、垢抜けない男だった。休憩時間には苦いコーヒーを持って、部下達とタバコの煙をくゆらせる。同年代が、あれだから出世できないんだというその背中が、好きだった。彼が髪の長い女が好きだと聞いて、髪を伸ばそうと思う程度には。

 指先にくるんと一巻きもできないような、それも手入れがまるでされていない少年のような髪。自分自身、長く伸ばせば癖っ毛で収集がつかなくなると知っていたので、伸ばす予定は全くなかったのだが。


「長髪かぁ……ボクに似合うかなぁ」


 髪が伸びるのに、何ヶ月かかるだろうか。毎日せっせと手入れをして、ストレートパーマやアイロンを駆使すれば、さらりとした直毛になるかもしれない。その手間を惜しまなければ、女として意識くらいは、してもらえるだろうか。



 彼が軍から姿を消したのは、彼女の髪がようやく肩に届いた頃だった。



「アストロさんがヒューマリウムに……!?」


 人類殺処分施設、ヒューマリウム。人口増加の問題に歯止めをかけるべく建設された、巨大な都市型施設だ。世界中から無作為に選ばれた人間達が送り込まれ、定められた寿命ののちに殺害される施設。人道を鼻で笑って蹴飛ばすような場所だ。


「ああ……俺達も昨日知ったよ。今頃、もう中に入ってるんだろうな……」


 いつもの休憩場所に彼がいなかったので声をかけたら、彼の部下だった一人が、苦々しくそう言った。


「……大丈夫か? 顔色が」

「え……あ、はい、大丈夫……」

「なぁ、クィーザ。あんたが、アストロさんのこと好きだったのは知ってるけどさ」


 そう言われて、心臓が跳ねた。クィーザが顔を上げると、若い軍人は苦笑いを見せた。


「見りゃ分かるって。でも、ヒューマリウムばっかりはどうにもならねえよ。だから……その、無茶かも知れねぇけど、さ。元気出せって」


 自分だって相当辛いだろうに、そう言って、青年はクィーザの肩を叩いた。


「……嫌です」


 だが。クィーザは青年の手をそっと払い、前髪のピンを外す。


「ボクは、諦められない」



 他人の心がわからない子供だと、親に嘆かれたことがあった。とにかく昔から、泣いたり笑ったりという感情が薄く、病院に連れて行かれたことすらあったという。けれど、感情というのは親からもらってその礎が築かれるのだから、それをもらえなければ、育たないのも当然だろう。子供心にそう思った。

 なのに自分は、アストロに恋をした。こんな奇跡を起こした恩人を、そして世界で唯一愛おしい相手を、みすみす失ってたまるものか。



 鏡の前に立ち、クィーザははさみを握った。肩に触れる髪は、毎日まめに手入れをしたおかげで、安い絹よりもよほど滑らかな手触りに仕上がっていた。枝毛の一本もない。光の加減で艶も見える。やや癖毛が出ているが、それはそれで、悪くない。


「アストロさん」


 けれど、そんなものは、彼に手が届かなければ意味がないもので。


「きっと、アストロさんはどこだって生きているでしょう。だから」


 しゃきん、と軽い金属音がして、髪の束が洗面台に落ちる。


「待っていてくださいね」


 情報収集は得意な方だ。ヒューマリウムに入る方法くらい、すぐに見つかるだろう。

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