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エスケープ

 いつからか、首筋にひたりと刃を当てられているように感じる。


 そろいの金髪。そろいの碧眼。そろいの白いフード付きケープに、そろいの聖書。こうあれかしと定められた型通りの姿。それがたまらなく窮屈だった。

 いつからか、首筋にひたりと刃を当てられているように感じる。

 それは内なる自分自身の声か、それとも、そんな自分を見透かす誰かの視線か。

 無個性であることこそが是であるこの鳥籠の中で、それを窮屈だと思う僕の心は、間違っているのだと、誰かがいつも言っている気がした。



 明日は百年に一度の夜だからと、みんな忙しく動いていた。夜が終わるまでのしばらくの時間、街の明かりが全て消える。高い城壁の上にずらりと僕達は並んで、神の加護代わりに、聖歌の防壁を張る。

 加護のない人間は、どうやって魔物から身を守っているのだろう。そう教師に聞いたら、そんなものには興味を持ってはいけない、と言われた。

 夕方、僕は一人で城壁に上った。見下ろした城壁の外は、草に覆われた大地がずっと向こうまで続いている。見えないあの丘の向こうには何があるんだろう。


「あの向こうには、人間の街があるんだよ」


 そう声が降ってきて、僕は驚いて振り返る。いつの間にか、僕の隣に男の子が立っていた。爪先が尖ったブーツを履いていて、黒い髪と金色の瞳を持っている。


「やあ、天使君。俺は明日あそこに行こうと思うんだ」


 この街で、黒い髪を持っているのは悪魔しかいない。神様に見捨てられた、出来損ない。聖書もケープも取り上げられて、常に監視されている罪人だ。


「ようやく百年経つからさ。明日はきっと街中の悪魔が逃げ出すね。まあほとんどは魔物に喰われるだろうけれど、俺はきっと、神が見捨てたっていう、人間の街に辿り着いてみせるとも」


 そんな保証はどこにもないのに、その男の子は笑っていた。


「なあ天使君。ここにいるってことは、君も俺と同類だろう? 違うと言いたいだろうけれど。翼をもがれた天使君に、飛び方を教えてやるよ」


 爪の長い手を僕に差し出して、その男の子は、口の中の牙を見せる。


「そうしたいと思ったら、俺の名前を呼ぶといい。迎えに行ってあげるから」


 僕達は、飛べない。翼はあるけれど、それは服の下に隠れるくらい小さいものだ。

 けれど、聞いたことがある。悪魔になったひとの中にはまれに、飛べるひとがいるって。大昔、まだ天使が空を飛んでいた時のことを思い出せるんだって。


「おっと……監視は厳しいな。それじゃあ天使君。いい夜を」


 その男の子はさっといなくなった。



 百年に一度の夜が来た。城壁の上にずらりと並んで、僕達は聖書を開く。朝が来るまで、歌を途切れさせることはできない。

 歓喜の声を上げる悪魔達が、僕達の頭上を越えて飛んでいく。けれど、それめがけて、地上から矢が飛んでくる。魔物だ。

 飛んでいく悪魔たちを見て、心臓が跳ねた。けれどそれは怖いからじゃないと、もう僕は知っている。


 いつからか、首筋にひたりと刃を当てられているように感じる。


 知っている。知っていた。それは僕自身の苛立ちで、無個性でいられない僕が、僕を終わらせようとする刃だ。

 僕は聖書を落として、ケープの紐をほどく。飛んでいく悪魔達に向かって、大きく息を吸った。歌いすぎて枯れた声は、聖歌のように美しくは響かなかったけれど。



「アザゼル!」



 叫んだ。

 ざあっと、向こうから風がやってきて、僕のケープを吹き飛ばす。城壁の端に足を乗せて、両手を広げた。瞬きの間に戻ってきたアザゼルが、僕を受け止める。


「さあ、行こう」


 そうだ。僕は、最初から。



 月明かりで落ちた僕らの影が、大きな翼を広げていた。

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