第156項「原作の進捗状況」
「俊明君久しぶりだね~?どう大学生最後の夏休みは謳歌している?」
「はい。お陰様で昨年までよりは充実した一日を過ごせていますね。午後からの仕事もよろしくお願いします。」
「ええ。それと、新島先生もよろしくお願いしますねぇ。」
「はい。先日提出した原稿の方はどうでしょうか?」
「う~ん、いま添削中だから次会う時までに渡すねぇ~。それで、今日集まってもらったのは、現時点で6巻まで発売されているけど、次の7巻でね…。」
「…え、まさかですけど、さと美…さん、打ち切りですか…?」
「え?いや、来年1月のアニメ化に向けてここ最近は3カ月に1冊のペースで発売しているのになんで打ち切りだと思ったの?」
「いや、“次の7巻でね”を言った後に溜めたんで、一瞬ここで打ち切りという恐怖な言葉が頭によぎったので、それが思わずこぼれてしまって…。」
「そんなことは絶対無いわよ。ちゃんと扱って貰っている各地の本屋さんからは良い評価を頂いているし私自身も完結までの話が気になってしょうがないからね、そんな身構えるような話では無いよ。」
「おお~良かった~…。」
俺と新島先生は口を揃えて一安心する。
「次の7巻で最初に発売されてから約2年が経過するじゃない?それに、アニメの放映もさっき話したように来年から始まるから何か記念企画的な事をやるのはどうかしら?」
「え、そんな、まだ小説家商業デビューしてから2年目の下っ端がその企画に乗って大丈夫なんでしょうか?」
「いやいや、新島先生は下っ端じゃないよ~?文章表現や登場人物の心情描写の表現も上手だし腕の良い作家さんだと編集者としても一人の先生のファンとしても毎回の作品を楽しみにしていますからね、どうですか?この企画?」
「う~ん。いや、編集者さんに褒められる展開になるとは思いませんでしたし、さと美さんに褒められるのが一番嬉しいです。これで、執筆のモチベーションがさらに上がりそうです。」
「先生、私の絶賛で執筆活動に勤しむのは良いですけど、本当は一番褒めてもらいたい人は先生の今となりに居て、ビジネスパートナーであり先生の作品のファンでもある俊明君じゃないのですか?」
「え、う…、う…。…。はい…。できれば…。…してほしいです。」
最後の方めっちゃ小声で何か言っているが良く聞こえん…。
「俊明君、先生のビジネスパートナーとしてそして生みの親の一番近くに居るファンとして先生がこれから原作の執筆、アニメ化、新たな企画を引き受ける中でこれから忙しくなるでしょうから、モチベーションを向上させるものを与えたら先生もきっと喜ぶんじゃない?」
「うん?え?それって俺は具体的に何をすれば良いんですか?」
「そこは、自分で考えるんだよ?もう来年から社会人になるんだし…。」
社会人にもうすぐなるからといって新島先生が喜ぶ物が分かるわけではない気がするんだが…。
てか、社会人になっても俺がやることって今の仕事の延長なんだけどな…。
「え、俺に振っておいて、こっちは分からなくて質問しているのにその回答はスルーなんですか…。」
「いや、先輩、別に今この場で無理してやらなくても良いんですよ…。私の仕事の近くに先輩が存在するだけで充分嬉しいので大丈夫ですよ?」
「あ、それはどうもです…。」
「ほらほら、俊明く~ん。男の子なんだからここは乙女の心臓を射貫いて見せないと~。みっともないぞ!」
「え、でもなにか間違ったことをしたら嫌われそうだし…。それは避けたいんですけど…。例えばどういうのが良いんですかね?」
「もう~。しょうがないなぁ~。社会人何十年目を迎えているか分からないけど、大人の女性である私からヒントを差し上げるね~。」
もうこの人午後の会議をすっぽかして完全に俺をおもちゃにして楽しんでいるなぁ…。
早く会議やろうぜ…。
「はぁ、お、ねがいします…。」
「例えば、愛の告白とか?」
「ゲホゲホ。さ、さと美さん、急に会議中に何という発言をしているんですか?」
「あとは~、先生へ想っている気持ちを耳元でイケボで囁いてみるとか…?あとはハグするとかはどう?」
「いや、さと美。ハグは、トシと先生が前に2人きりで、この部屋でハグをしているのを見ているから、別な例を提示した方が面白いと思うぞ?」
急に扉の向こうから健さんが笑いを浮かべて、入ってきた。
俺は健さんとさと美さんの息子では無くて、別に息子が居るはずなのになんだろう。この自分の親にからかわれている感じは…。
「あらそうなの?もう実践済みだったのね?大学生同士のハグの瞬間私も見てみたかったなぁ~。」
「え?あのハグ、健さん見ていたんですか?うそぉ~?」
華南さんは珍しくも大きな声をあげている。
俺は前に華南さんとこの部屋でハグを求められたときの様子を健さんにこっそり見られていたことを先に知っているので何も言えない…。
「てか、先輩もなんで黙っているんですか?まさか、健さんにあの時のことがばれていることを既に知っていたんですか?」
声を発さずにかすかに縦に頷く。
「そ、そうですか…。」
華南さんは少しショックな顔をしている。
「先生はきっと登場人物の心情描写の表現の為にハグをしたんですよね?」
本当はそれが理由ではないようにここでは言われているが、どう返事しても本当の理由はバレバレだろうから事実を隠ぺいするのは難しいだろう。
「そ、そうです…って返事しても見られていたら仕方ないですね。」
「先生、別にハグをする事は悪い事でもないから大丈夫よ?私も健さんと寝る前とかハグする事とかあるし…。」
「あ、そうなんですね…。そ、それは…。良かったです。」
本当に人の親なのにこの2人もバカップルさがにじみ出ているなとつくづく感じる。
丈瑠はこの両親を日々相手にしているのか…。良かった。俺の本当の両親じゃなくて…。
「それより俊明君。先生に何か奉仕しなくて良いの?先生はさっきは遠慮気味に言っていたけど、本当は心待ちしているんだと思うよ?」
「すいませんね。いくら幼馴染の両親で、2人のことを長く知っていたとしても、経歴は大物のプロデューサーと編集者さんの前でこの場で新島先生に何かやるというのはちょっと抵抗がありますね…。」
「なるほど、私達の前では恥ずかしくてイチャイチャできないというのね。これが若気の至りっていうやつなのかね~?健さん。」
「ああ。昔の俺たちと似ている部分があってどこか懐かしさあるなぁ。ここではできないと言うなら今日会議が終わってからしっかり先生に何かサービスするなりたまにはしてやれよ?トシは先生のアシマネなんだからなぁ。」
「はい。今日中に何かできるかは分かりませんがこの夏休み中に何かできるように頑張ってみます。」
「あの~、先輩?」
「ん、なに?」
「私に何をしてくれるのか見当がついていないことは無いですけど、その~。楽しみにしていますからね?」
「ああ。俺に何ができるか分からないけど、日頃頑張っている先生に何かを与えられるようにがんばるよ…。」
先生というか彼女に与えるものというのは、もう俺の中では固まっているけどな…。
それが伝わるかは分からんけど、人生初の試みであることは確かである。
会議は大きく脱線したが、健さんも一緒に4人で今後の原作や新企画の話を集中してやったら気づいたら外はもうオレンジ色の光が窓に差していたのだった。
そして、この両親の本当の息子が俺を訪ねて部屋に入ってきたのだ。




