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第151項「夏空下の通勤列車」

皆さんご無沙汰しております。


「まもなく、しんじゅく~、新宿、お出口は左側です。山手線、埼京線…」


ステンレスの箱にオレンジ色の帯を巻いた電車の扉から吐き出さすように乗客が降りていく。


その中でもひときわ目立つ男女2人が階段を降り次の乗換があるホームに向かって歩いている。


男の特徴は身長においては偏差値70くらいの高身長だが、見た目は偏差値で考えると50前後だろう。


一方、女性の方は艶やか黒髪をなびかせて赤い縁のめがねをかけていて前を歩く男と一定の距離をとって歩いている姿はそこにいるだけで、偏差値75以上のオーラと美貌を叩き出しているかもしれない。


同じように乗換をする俺らの周囲を歩くサラリーマンやOL達は、身長は標準よりは高いけど外見はしょぼくれた残念系男子である俺ではなく、後ろの方向に居る女性に視線をぶつけているのが分かる。


褒められるほど美形ではなく典型的な中性顔だから別に俺を見て欲しいとかは一切思っていない。


普段とは違う微妙に離れた距離を歩いている俺の推しであり一緒に仕事をさせてもらっている彼女の持ち前の美しさが周りを歩く衆を飲みこんでいるを傍観しながらも埼玉県に向かう路線の一つである埼京線の快速に乗り込む為に階段を駆け上がる。


その後ろから自分が歩いている方向に来ている足音が響く。


ステンレスに緑の帯が側面に入った車両の扉が閉まると近くに席が空いていたのでそこに座り間隔を空けることなく横に華南さんも着く。


隣に座っている華南さんは何を考えているのか窓の外に映る高層ビル群を見ながら物思いにふけている姿をしばらく横目で見ながら伝言事項を脳内で再整理する。


「は、華南さん。き、今日の仕事の内容なんだけど、主な内容としてはPVの動画ができあがって、今日から本格的にフルでの制作が開始するみたいだから。さ、先に伝えておくね?」


俺は、あの一緒に見た花火大会の夜から今日にいたるまでこの人とまともに会話すらしていない。


事務的な話を伝えるだけなのに、なぜこんなに緊張しているんだろ…。


やっぱり”好き”という気持ちをこの人に抱き始めたからであろうか…。


「あ、はい…。PVの動画が完成したというのは、まだ声は入っていないという事ですかね?」


俺の声が聞こえたのか、外の風景を見ていた彼女の姿がこちらに映る。


返事を聞く限りだといつもより反応が遅くて、少し頬が赤く見えるのは空調機器の音はしているのに冷気が全く感じられない車内のせいなのか…。


「う、う~ん、俺も詳細は会議の時に話すってメールには記されていたから分からないけど、これから作品に声とかを入れていくんじゃないのかな?」


それにしても、誰がこの作品の声を担当するんだろ…。

ていうか、オーディションってもう始まっているのかなぁ…。


「ふ~ん。そうなんですね…。」


そう相槌を打つと再び高層ビルの合間に現れる夏空の雲に目を向ける。


新宿方面に向かう電車とすれ違うとあっちは混雑しているが、都内を背にして北上しているこの電車の中には乗っている人も少なく車体が線路の上を滑り時々軋む音しか聞こえないくらい静かだ。


「そういえば、先輩。昨日の朝に送信したメール。まだ返事が帰ってこないんですけど?ていうか、開いてすらいないでしょ?」


華南さんは突然俺の方に身体を寄せて話し始めた。


「え?うそ?待って。ごめん。すぐに確認するわ。」


急いでスマホを開き華南さんとのチャットアプリの部屋を探すと昨日の朝、8時25分に1件送信されていたことが目に入る。


「あ、ごめん。通知が来たことには気づいていたんだけど、あのあと確認するのすっかり忘れていたんだった。本当にごめん。」


彼女はそれを聞いて少し悲しげな顔を見せてこう言った。


「先輩が私達の家に来て舞美と食事をする際に私の事を心配するような声が聞こえたんで、先輩が食事を終えて玄関に近づいて来るのを足音で感じながら自分の部屋を飛び出して一声言おうと思っていたんですけど、舞美の声が玄関から聞こえたので急遽メールで返事をしたのに…。見ないなんて…。」


「いや、本当にごめん。昨日の朝、廊下を通過する際に通知が届いて開こうと思った時に背後に誰かが居ることを感じたんだけど、それは華南さんだったのか…。」


なんか凄い殺気というか青い炎のような熱さを感じたんだよな…。

ここで解決できて良かったことにしよう。


「ええ、良く分かりましたね!私が直接顔を見せなくても先輩なら人の気配だけで誰だか当てられるかもなぁと思ったんですけど、ちゃんと当ててくるので今、私、先輩の察知能力の高さに感心していますよ。」


「褒めても何も無いけどなぁ。でもメールの返信が遅れたのはすまなかった。届いていたことは覚えていたんだけど、見る時間が無かったんだよなぁ。」


「仕事の合間に確認する時間とか無かったんですか?さすがに労働時間の長さに合った休憩時間は確保されていると思いますけど?」


「ああ。あるにはあるけど、作家さんのアシマネとは違って休憩時間というのは読モの時間であって俺らには余り休憩時間というのは無いんだよ?強いて言えば、彼女らが撮影している合間に少しだけ飲み食いできる時間が設定されている感じなんだよ?」


「じゃあ、その少ない休憩時間にスマホを開く時間も無かったということですね?」


「華南さんにとっては言い訳にしか聞こえないかもしれないが、そう言う事だ。」


「ふ~ん。でも、昨日先輩お楽しみだったようじゃないですか?」


「え、何が?」

俺は彼女の声の変化に驚きびっくりする。


「妹である現役読モとデートしていたなんて?」


「いや、それは誤解を生む表現だな。正確に言うと…。」


「正確に言うと?」


先輩をからかうなよ?華南さんよ…。


「げ、現役読モとデートなんかしていないわ。昨日の仕事のテーマが読モとデート気分を味わえる主観的な写真を撮影する内容であっただけだ。俺はその仕事のサポートをしていただけだ。」


「私が聞きたいのは~~。そこじゃなくてですね?昨日先輩、熱中症で仕事中に倒れたんですよね?舞美から聞きましたよ?先輩がお楽しみだったというか舞美がお楽しみだったんですよね?」


「ど、どうなんだろ…。てか、それってデートに入るのかなぁ...。」


「熱中症で倒れた先輩を看病し更に寝顔を見て写真まで撮れたといって昨晩自慢してきたので、その場に居なかったのが私はすごく悔しいです。この夏限定で良いので、先輩が熱中症で倒れて寝顔が拝めるまで舞美の仕事のアシマネのお供しても良いですか?」


この人何を言っているだ?


「い、いいわけ無いだろ?ていうか、俺の寝顔を見たいとかからかうなよ?それに自分の執筆作業を放り出さないでくださいよ?これからアニメ作品の放送が始まるし原作もまだ終わっていないんですから。」


「じゃあ、終わったら良いんですか?」


「アニメに関しては終わったら夏は既に過ぎているでしょ?原作は知りませんけど。」


「じゃあ、冬に先輩に熱をひかせてベッドで苦しんで寝込んでいる様に私が看病をしながら寝顔を撮っても良いですか?」


「あんたはドSかよ!熱を出させるような真似はするなよ?本当に頼むから仕事に集中してくださいよ?」


「ええ~だって~。先輩が私の看病をしてくれたことはあるけど、私が先輩の看病をしたことなんて一度も無いじゃないですか?」


「ああ、公園で服がびしょびしょになるまで雨に打たれていて風邪をひいて寝込んだやつね。」


「そ、それは...。今ここで言わなくても良いじゃないですか?それに先輩が体力健康お化けであるのがいけないんですよ?私にも看病させてくださいよ?」


「何て言う意味不明なお願いなの?俺が体調を崩したら華南さんの仕事に迷惑かけてしまうので絶対に昨日のような体調不良にならないようにしますから。安心してください。それと華南さん今日も暑いですから水筒を渡しておきますね?」


「あ、ありがとうございます。助かります。じゃあ、私はいつになったら先輩の寝顔を拝見できるんですか?」


「意地でも拝見できないようにするわ…。」


「いや、先輩だって人間なんですから絶対いつか体調を崩しますよ?その時は私が弱体化した先輩に献身的な看病をしてあげますよ?更にはハイグレードなサービスまでつけちゃいますけど?」


「おいおい。それは車内でする会話では無いし。落ち着け!!おまえ、俺の事好きすぎだろ?」


あ、やばい。失言だ。撤回しないと…。


「ええ。好きですよ?先輩の事。全ての面において。」


この人さっきまでの暴れっぷりから冷めて落ち着いた声で俺の目元を見てさらっと言っちゃよ。


好きな人にこう簡単に気持ちを伝えられるなんてすごい勇気あるよなぁ。


俺にはできない芸当だ。言われた俺の方がドキドキで一杯だ。


そしてここは人が少ないとは言え電車の中であることを忘れていないだろうか…。


さっきまで緊張してこの人と話せなかったけどいつの間にかお互い今までと何も変わらない感じで話せているなぁ。


こういうくだらない話を彼女とするのが俺にとって一番大切な時間なのかもしれないと自覚した。


毎日更新は難しいかもしれませんが可能な範囲で連載を続けるつもりです。


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