第143項「舞美との冷たい早朝ランニング」
「せ・ん・ぱ・い。誰と電話していたんですか?」
耳元で一度は聞いたことがある声なんだけど、どこか心に温かさが感じられないようなそんな声が聞こえてきた。
「うわっ…。びっくりした…。なんだ舞美さんか…。」
この人こんなに低い声が出るのか…。
しかも、犯罪者の目をしているとまでは言えないけど、目が全く笑っていなくて怖い…。
「その反応…なんですか…?声をかけた人がいったい誰だと思ったんですか…?」
「え?過去に俺を無駄にいじめていた男子の声かと思った。」
あ、この例を舞美さんにする必要は無かったな…。
でも小学校の時に俺に嫌がらせ行為をしていた男子の声にそっくりだな…。
舞美さんの低音ボイス…。
この声を聞いた時に、ふと思い出した…。なんでだろう…。
「え、先輩?過去にいじめられていたんですか?逆にいじめていた側の人間かと思いましたけど?」
俺はむしろ舞美さんの方がいじめの加害者側に立ちそうな気がするなんてそこまで酷いことを女性に言えるほどの肝は座っていないので思っても決して口には出さないようにする。
「それ、本気で言っている?」
「いえ、冗談です。さすがにそこまで酷いことは考えていないし思っていないです…。」
引っかかる言い方だな…。
「そこまでって言ったけど俺に対して少しは酷いことを考えているということ?」
「いえ、そんな日頃から先輩に多方面でお世話になっている先輩にそんな嫌う理由はありませんよ…。ただ、私がいじめの加害者側に居そうだと思ったのは先輩が現在ボディーガードの仕事をしているので小学生の時に喧嘩とか強かったのかなという勝手なイメージはありますけどね…。」
「その考えは誤りでむしろ逆だ…。」
「そうですよね…。今は前髪も短くなって目元も含めて表情とか見えて比較的大学生らしい髪型ですけど小学生時代は、もっと前髪が長くてクラスに一人は教室の隅っこに居る典型的な根暗ド陰キャだったんですか?」
この人、俺の事普段以上にディスっているな…。
ディスるというか完全にバカにしているな…。
「舞美さんにここまで辛辣なこと言われるとは思ってなかったし全国の学校に居る教室の端に居る男女に謝ろうか?その人たちに対して完全に敵視発言しているよ?」
もし舞美さんが今のような感じだったら義務教育期間の時もクラスの中心にいて気に入らない人とか排除してそうな勝手なイメージを持ってしまっている俺も中々酷いなと思う。
「そうでしたね。敵視した発言だと言った後に気づいたんで失言だったことを謝りましょう…。”ごめんなさ~い”。」
謝罪の言葉は軽いけど、良かった。
これで全国の俺と同じような陰キャぼっち男女の差別というか偏見は一つ減らせたようだ…。
「さっき私は先輩の事を嫌っていないとは言いましたけど、今後の先輩が私に話す言動次第では…。」
その後に続く言葉が何なのか分からないかったが、怒りの線に触れたら俺の命が失われるのかもしれない。
「ほう~。じゃあ、舞美さんの怒りの沸点に触れないように言動に気を付けなくてはならないのか…。女性の気持ちを理解するのって模範解答が無いからはっきり言って男性にとってはどれが正解で不正解なのかが分からないというのが問題だよな…。」
「いや、正解なんてありませんよ?先輩。正解というよりは減点方式でここまでの妥協なら許せるって言う感じだと思いますよ?女性が男性に思う事なんて…。」
まじかよ…。試験みたいに模範解答無いとか女性と過去に関わりが薄い人生を歩んできた俺にとっては難しい先行きだな。
「はぁ…。そうなんだ…。」
「それで、先輩は誰と電話していたんですか?」
「妹だけど…。」
「へぇ。確か、先輩の妹さんって凄い清楚な可愛さですよね?兄である先輩とは全然違ってかなり美形ですし…。オーラが違いますもん…。確か、聖奈ちゃんって言うんですよね?」
「何?今日は俺の事を朝から散々ディスる日なの?それに舞美さんって妹に会ったことあったっけ?」
「いえ、先輩をいじるなんていつも通りの運転ですけど?たしか、GWの時に大宮スカイビルでしたっけ?そこで華南のアシマネとしてイベント開催した時に会場に一人だけ他の人と比べて輝きさというか美貌の雰囲気が違って見えたんですよね?華南は彼女と話したことあるみたいですけど、私は名前と顔だけしか知らなくていつか話してみたいなというのはあります…。あんな綺麗な女子高校生なんて周囲にそこまで居ませんよ?先輩の妹だとは本当に思えませんけどね…。」
再び言わなくて良いから、その件は俺も分かっているから…。
「むしろ俺も兄妹で全然美形やスペックとか異なっていて本当に血縁関係がある兄妹かなと思ったことがあるのは何度もある。」
「先輩に兄妹が居る事をこれから他の人に紹介する際は聖奈ちゃんを紹介するより私と兄妹であるといった方が納得する人多いと思いますよ?」
舞美さんって時々何言っているのか分からないよな…。
「仮に舞美さんと兄妹という設定だとしたらそれの方が益々おかしいよ。」
「私は違和感はないと思いませんけど?仮にという話だとしても私と兄妹になるのは駄目でしたか?どの部分が問題点なんでしょうか?」
「まず、舞美さんは現役の読モでスタイルも良くて陰でも自分を磨くために努力していてかつ自分の仕事にひたむきさをどんな時でも持っていて、それで、意外と家庭的というところ?」
「でも先輩が今言ったその理論だと妹さんも当てはまると思いますよ?」
「聖奈も舞美さんも似ている部分が多くて、俺と違ってハイスペックな分野が同じなんだよな…。料理とか、スタイルとか…。色々…。2人が唯一違うのは俺とラノベやアニメの話ができるかできないかだな…。聖奈がアニメやラノベを好きになったから兄妹の仲が良いというのはあるからな…。だけどその部分を外したら俺は2人と仮であっても兄妹にはならないだろうな…。むしろ俺の方からお断りするわ。妹への嫉妬に耐えられなさそう…。」
「先輩って自分の事けっこう卑下していますけど、もっと自分に自信持った方が良いですよ?」
「その台詞、妹や華南さんにも言われたわ…。自信を持つって本当に何だろうね…。」
「先輩のその自信の無さがある意味威張っていなくて謙虚であることを表していると思うので、謙虚さを持ちながらも自信の方もバランス良く持つことが今後の課題かもしれませんね?それで妹さんとの電話では何を話されていたのですか?」
「ああ。最近どう?みたいな感じの話だよ…。」
「え~~。本当にそれだけですか?他にも聞き捨てならないことを話されていたと思うんですけど?」
なんか怒りっぽい声になっている。
さっそく怒りの沸点に触れるような事で怒らせること言ったのかな…。
女の子の心を理解するのは人生の先輩達の経験談という参考文献くらいしかないから、難しい。
本当に異性の考えや心を知る教科書とか無いのかな…。
販売したらたちまち重版になると思うけどね…。
「ほう?という事は俺の電話のやりとりをかなり前から盗み聞きしていたのか?その言い方だと?」
「盗み聞きなんて人聞きが悪い事言わないでくださいよ?運動着姿の先輩がベンチに座っているのを見つけて声をかけようかと思ったら、電話を取り出して優しい表情で相手の人と話していたんで…。」
俺が座る狭いベンチに詰めるように言って隣に座る。
「それって、ほぼ最初から話を聞いていたんじゃないか?やっぱり電話は外で受信するべきでは無いな。誰に聞かれているか分からないし、情報漏洩に繋がるしなぁ…。」
「それで、先輩は何の話をしていたんですか?」
食い入るように俺との距離を狭めて近づいて聞いてくる。
「拒否もしくは黙秘はできるのか?出来れば言いたくないんだけど?」
「この状況下で先輩に拒否も黙秘権もありませんよ?もし黙り続けるのであるならこちらから質問をして全てに回答していただきますけど?」
「選択肢最悪すぎてそもそも話すのも嫌になるな…。分かったよ。話せばよいんだろ?」
拒否・黙秘も出来ないとか鬼かよ…。
「最初から私に従っていれば良いんですよ?例え歳が上である先輩でも容赦はしないので…。」
この人の裏の顔が見えた気がする。
早く話を巻いて終わりにしよう…。
「話を巻くなんて止めてくださいよ?それと先輩の説明の間に時々こちらから質問するんで宜しくお願いしますね?」
声は可愛いけど、目が笑っていない…。
それに俺が考えている事を予想してくるとか女性って怖いね…。
「昨日の仕事の後に丁度地元で毎年夏休みに開催される花火大会の日で、それに華南さんと打ち上げ花火を見に行った。」
「へぇ。私だけ置いて2人で楽しく夏休みを謳歌するなんて、なんで私も誘おうとしなかったんですか?」
「舞美さんは昨日の朝会った時大学の友達と遊びに行くとか言ってなかったけ?それに花火大会に行く事になったのは突然決まった事だからな…。俺も昨日が実家近くで毎年開催される花火大会であることを言われるまで忘れていたからな…。今回はしょうがない。」
「ふ~~ん。じゃあ、昨晩というか今日の零時すぎにかなり遅い時間に帰ってきた理由は何ですか?」
「実家に居る両親や妹や幼馴染は実家で泊まっていけば良いじゃんと言われたけど、華南さんが翌日も仕事があるから今回は断ったんだよ。そしたら最終電車の1本前になってこっちに到着するのが遅れてしまったという訳だ。」
「じゃあ確認ですけど、マンションの廊下で聞こえたあの会話は事実ですか?」
うっ…。その件に触れてしまうか…。
舞美さんは華南さんが俺に告白した事や旅行に行くあの会話を聞き耳を立てていたんだなと思い出来ればこれ以上深く追及してほしくない…。
「舞美さんもあの時家の扉の近くから聞いていたのか…。なんかそんな気配がしていたからあの時感じた直感は間違っていないかったわけか…。」
小さく言葉を溢す。
「そんな事を聞きたいわけでは無くてあの数往復の会話の内容は事実ですか?」
「どれの事を指しているのか分からないけど、それらが正解か不正解かどうかは俺も良くわかないから中途半端な答えはできないから黙秘するわ。」
あの告白は華南さんが俺に気持ちを伝えてきた事は事実だから、あの時間に嘘は無いだろう。
ただ、華南さんが告白の直前に話した旅行に一緒に行く提案だけは正解なのか不正解なのか分からない…。
「そうですか…。先輩と別れて華南が玄関に入ってきたときに夜の時間帯なのに普段よりテンションが高くてびっくりしましたよ。あんなに良い表情をしている彼女の姿を見るのは久しぶりだったので、きっと昨日の午後から夜までに何か嬉しい事があったのかなと思いました。さらに言えば、彼女がお風呂に入っている時に机に置いてあったスマホの通知が鳴った際にホーム画面に先輩と彼女で撮った写真が背景に見えたので、それらの点から彼女が幸せそうな顔をしていたんですよ?」
あの撮影した写真が早速華南さんのスマホのホーム画面に早くも差し替えられていたことが行動力の速さに驚くけど、人に見られるような場所にスマホ置いておくなよ…と次に会ったら一言言っておきたい…。
「そうなんだ。俺には分からなかったなぁ…。」
「先輩が黙秘を続けるのであるならば独自の方法で調べますよ…。」
この人の表情を見ると本気で独自で調べ上げてきたことを俺に提出してきそうな勢いがする。
「それは脅しか?スパイというかストーカーみたいな感じがして良い気持ちはしないけど、情報漏洩は避けたいから今は黙るしかない…。」
「先輩に脅しをかけるほど私も出来た人間ではないのですが、半分は脅しですね?抑止力というかなんというか…。」
「抑止力ってそういう使い方では無い気がするが…。」
「じゃあ、この話は終わりにして走りましょうか?先輩。」
「え、俺もう7㎞走り終えたから早く帰って野菜ジュースでも飲もうと思ったんだけど。」
「私を置いて勝手に走りに行かないでくださいよ?毎朝私と走りに行くという約束をしたじゃないですか?」
「ああ。そうだったかもしれない…。分かったよ~。だいぶ休めたから走るとするか…。」
「行きますよ?先輩。早く早く~。」
今は笑った表情を浮かべて先を走っているけど、舞美さんの裏の心というか女の人の闇というか怖さを知った朝の時間だった。




