第142項「妹からの電話と冷声」
やっと書けた。
7㎞のランニングを終え、頬をつたう汗を袖で拭う。
久しぶりに長めの距離を走るとけっこう足腰に負担が来ているのが感じる。
ここ最近、体力の衰えを感じるようになったのでトレーニングの向上を再び図る必要があるなぁ。
ベンチの側に自動販売機に水が販売されているのが分かったので硬貨を入れて半分ほど飲む。
やっぱり朝の運動の合間に飲む水ほど美味しい物は無い。
さっきのランニングの途中で昨夜の打上花火を見ている時に言われたあの告白の返事を考えていた。
俺自身が彼女に思う気持ちというのはたぶん人として好きな気持ちを持っているのは間違いないが、恋愛的な観点で好きなのかがいまいち自分の中で咀嚼しきれていない所がある。
そんなことを考えているとズボンの右ポケットで何かが振動しているのを感じたので取り出してみると、“高島聖奈(妹)”と表示されていた。
どうやらこんな朝っぱらから聖奈からの連絡のようだ。
「はい。もしもし…。」
「あ、おにい!おはよう~~!!~」
朝からテンション高いし声がでかいな…。
「ああ。おはよ…。まだ朝の5:00をちょうど時計の針が指したくらいなのにもう起きているのか?」
「うん。一応私は受験生だからね?勉強は朝の時間帯にやるほど高い集中力を持って取り組むことができるからね。」
受験生ってそんなに朝早くから勉強するのか…。最近の受験生って凄いなぁ…。
「そういえば、聖奈って受験生なのか…。」
「なに~?そのいま知りましたみたいな言い方は。華南さんの事ばかり追いかけていないで、たまには妹の事にも少しは気にかけてよね?兄妹なんだから?」
「別に追いかけていないし、仕事であの人の近くで働いているだけだからな?今の受験生ってそんなに朝早くから起きて勉強するのか…。俺らの時代とは違うんだなぁ。」
「時代が違う問題ではなく個々の受験勉強に対する意識の問題だと思うけど?おにいは私と違って勉強の方はあまり得意じゃないし受験の時も丈瑠に面倒見てもらうくらい苦労していたもんね…。」
「その私は“母親の遺伝を引き継いで兄貴より勉強できます”というアピールはいちいちしなくて良いから…。分かっているから。むしろ俺より勉強できるのだったらそんなに朝から勉強しなくて聖奈の高い学力ならどこでも受験すれば合格できるんじゃないの?」
「それって褒めてくれているの?」
「褒めているというか半分呆れと妹への嫉妬が混ざっているけど…。でも事実のことを言った。」
「妹に勉強面で嫉妬するとか…。おにいが私の学力の高さについて褒めてくれるのは嬉しいけど、私でも限界はあるんだよ?」
「お前に“限界”という言葉が辞書にあるとは思わなかったけど、聖奈がそう言うのならそうなんだろう。それで、どこの大学に志望するとかもう決めているのか?」
「う~~ん…。まだ完全に決めたわけではないけど、お母さんは最低でも首都圏総合大学に行ってくれれば良いと話していたから滑り止めでそこの大学を受験するのは決めているけど、国公立大学に行くというのもありかなと思っているよ~。」
俺にとっては未知の領域というか雲の上にある国公立大学に妹が行くとか本当にこいつ化け物だな…。
「ふ~ん。俺にはレベルが高すぎて何を言っているのか分からないけど、無理しない程度に頑張れとしか言えないわ。それで、この会話をする為に連絡してきたわけでは無いよな?」
「さすがだね。おにい。兄妹を15年以上やっているだけあるね…。連絡した理由は、昨晩のおにいと華南さんの花火大会デートについて私も聞きたかったんだよ~。」
やっぱり昨晩の出来事を聞くための電話かよ…。
「普通に楽しかったよ~~。」
あの瞬間は俺にとって“楽しかった”と一言では言い切れないけど、あの時間は今までの人生の中でドキドキ感があった…。
「もう少し良い感想とか出てこないの?それに普通って何…。普通って…。」
俺の中では無難な回答をしたんだけど、更に鋭く突っ込んでくる当たりがさすが妹だわ。
これは詳細な説明が求められそうだ…。
「花火とか数年ぶりに見たし、高校生までは丈瑠や聖奈と行っていたけど、その~。普段大学や仕事面でボディーガードとして警備を依頼された人とほぼプライベートで花火大会に行くのは中々貴重な経験だと思う。」
「ふ~ん。それで華南さんの浴衣姿とか見てみてどうだった?昨日は私、おにいが華南さんの晴れ姿を見てどう思ったかの感想を聞けてなかったからね~。」
こいつどんだけ感想求めてくるの…。
なんで女性って恋愛に興味しか持てないの…。
そういう生き物なのかな…。
華南さんが浴衣姿を見せてくれた時にちゃんと彼女本人に感想は述べたから再び妹に感想を言う必要は無いだろ…。
「いや、普段着ている服装とかも似合っているけど、あの人があそこまで浴衣というか和服姿が似合うとは思ってもいなかったし髪飾りとかを付けていたことでより大人っぽさが醸し出されていた気がするもん。」
「おにいが普段から華南さんの服装に関して好感を持っていた事がちょっと驚きだよ。昔からおにいは服に関しては疎いというか鈍感だったから心配していたのよ…。」
「お前は俺の母ちゃんかよ?」
「妹である私がおにいの専属の母親になっても良いけど?」
「いや、母親の前に専属という言葉が付くのがどうかと思うけど…。専属の料理人だったら雇うけど?時給は応相談だけど…。」
「おにいだって料理はできるから私が雇われたら供給過多になって需要無い気もするけど?」
「料理のレパートリーが増えて良いけど、確かに供給過多だなぁ…。」
「おにいの専属の料理人になる話は置いておいて、浴衣姿になった華南さんと一緒にデートしてみて彼女のいつもと違う晴れ着姿を見て“可愛い”と思った?」
「“可愛い”というか“美貌の塊”だよな…。まぁ、可愛いというか綺麗だなとは思ったよ…。」
「昨晩のように華南さんと一緒に遊んだりしたのはおにいとっては楽しい時間だったという事?」
「ああ。自分ではあまり意識というか考えたことは無かったけど、居心地は良いな…。あの人の側で仕事をする時間が長いし話をする中でもっとあいつを知りたいという気持ちはあるのかもしれないな…。」
「それってもう華南さんの事を“好き”だとおにいの脳の中では認識しているんじゃないの?」
「どうなんだろうな…。」
「“どうなんだろうな”って好きじゃないの?華南さんのこと…。」
妹の中では意地でも俺が華南さんの事を好きだという事にしたいのか…。
「人としてはもちろん好きというか尊敬している部分はある。なんたって推しの作家だしなぁ…。」
「恋愛的な意味ではどうなの?好きか嫌いかの2択だったらどっちなの?」
「嫌いではないと思うけど好きという気持ちがいまいち分からないんだよな…。お前は好きという気持ちがどういうものか分かったりするか?」
「おにいの方からそんな質問が飛んでくる日が来るなんて、私は感動して涙がこぼれそうだよ。」
嘘泣きかもしれないけど、少し嗚咽の音が電話の向こうから聞こえる。
「別にそんな珍しい事は言ったつもりは無いけどな…。」
「おにい。よく聞いてね。恋愛的な意味での“好き”というのは、その人とこれからずっと一緒に居たいと思ったり想いを馳せている相手の存在が危ぶまれた時とかにその人の事を何としてでも守ってあげたりしたいと思う人がおにいにとって大切で好きな人なんだよ。」
「なるほど…。確かに大切な人であるのは間違いない…。たださ、華南さんって一応じゃなかった。これは失言だな。有名な作家さんである人と仮にだけど恋人になったら世間的にまずくないか?」
「う~ん。おにいが一番懸念していたというか悩んでいた部分はもしかしてそこだったの~?」
「うん…。」
「確かに、おにいが言うように華南さんは今人気上昇中な新島みなみ先生であるのは事実だから、世間的に恋人であることが露呈したらまずいかもしれないけど、2人がお互いを”好き”であるという気持ちがあれば周囲にいろいろ言われても良いんじゃないの~?私はおにいと華南さんが恋人になったら例え世間で非難があったとしても私は応援するから!愛があれば困難は乗り越えられるよ?」
「お前な…。それ言えば全て解決できるわけないだろ?」
「すぐ現実的な話をする癖はやめようよ?本当おにいのそう言うところが一番の欠点だよね。」
「だってさ…。昨晩告白された時は最初は驚いたけどさ、でもあの人が本気で気持ちを伝えてくれたのが分かったし俺も嬉しい気持ちもあった。だけど、俺はあの人のボディーガード兼アシスタントマネージャーという支えていく立場の人だからさできるだけ迷惑をかけないようにしたいからな…。だから返事するのも含めてどうするのが一番無難な対処法なのかわからなくてな…。」
「告白の返事を対処法っていう当たりが好きな男の子に気持ちを伝えた女の子に対してすごく失礼だと思うよ?でも、おにいも華南さんから告白されて嬉しいと思っていたのが本人の口から聞けて良かった~。」
「そうだな。対処というかどう返事をするかだな…。相手が有名な人だとメディアとかに撮られたりしたら彼女の仕事に影響が出てしまうかもしれないし。」
「別にそこは今は考えなくても良いんじゃない?恋人として付き合う初日にそういうリスクとかについてよく話し合えばさ。」
「言われてみればそこまで今から心配する必要もないな…。だったら、彼女の気持ちに今はどう返事をするか考えれば良いのだったら気持ちが楽になるな…。」
「そうだよ!おにいちゃん。生まれて初めて異性に告白されたんだから、最初に告白された機会は大事にした方が良いと思うし断ったら死ぬ前に後悔するかもよ?」
死ぬ前にそんなことを思い出すかは分からないが、後悔するかもしれないというのは否定できないかもな。
「分かった。自分の中で頑張って返事の方法とか考えてみるよ?ありがとうな…。聖奈。」
「おにいには幸せにあと残り半年の大学生活を楽しんで欲しいからね?妹が頑張るのは当然の事だよ?また、相談とかあったらいつでも電話やメール飛ばしてくれて良いからね?じゃあ、電話切るね?」
「ああ。受験勉強頑張れよ?」
それだけ言い残して俺は電話を切った。
まだ、全てが解決したわけではないけど、少し道筋が見えた気がする。
「せ・ん・ぱ・い。誰と電話していたんですか?」
俺の耳元で少し冷たい心を持ち合わせたような声が聞こえてきた…。




