【 Even if your dream is fleeting even 】
青年は死体の傍でうずくまっていた。
目の前には、先ほど幹を傷つけたアスクリアと同じ形をしたアスクリア二体。怖くて、顔も見れなかった。
どんどん幹の斬撃の音が遠くなっていく。きっと、自分を逃がすための退路を作ってくれているのだろう。
彼女は、優しい。
剣呑な表情を作っていくら自分を突き放そうとしても、そこに垣間見える優しさまでもを隠すことはできない。それがたとえ彼女自身を守るための手段だったとしても、結果として守られていることには変わりない。
自分のことが情けなくてしょうがなくなる。いつまでもここで悠長にしているわけにはいかないと、攸貴は顔をあげた。
その時、アスクリアと目があった。よく見た顔に、違いないと思えた。
「――カジ、の、お父さんと、お母さん?」
二人は、カジの父親と母親だった。
ようやく顔をあげた攸貴に、嬉しそうな顔をした母親は、攸貴に話しかけた。
「カ、ジ……ゲン……キ……?」
恐る恐る頷けば、彼女は良かったと言わんばかりの表情をした。おそらく、彼女達には取りついているカジが見えているのだろう。だから、未だに残っている人間の部分が反応したのだ。
心臓が収縮した。こんなに優しそうな表情をしてくれるお母さんだったのに、どうして自分は守れなかったのだろう。どうして、こんな姿にしてしまったのだろう。
「ごめん、なさい……」
ただ謝ることしかできなくて項垂れる攸貴に、心配そうな父親が攸貴の肩を叩こうとして、自分の手が鋭利な鉤爪であることを思い出し、手をひっこめた。
――母ちゃん、父ちゃん?
胸の奥で、声が聞こえた。
それは記憶の中で良く聞いた声だ。
「お前……カジ、か?」
――兄ちゃん、木偶兄ちゃん?
返事は、緊迫した空気を全て台無しにしてしまうような言葉だった。
「おい、なんでそっちで呼ぶんだよ」
――え、だって『なんがい』がずっと木偶って呼んでたから……。
「あいつ……」
たしかに、先ほどから自分はあの女とずっと一緒にいるし、木偶、としか呼ばれていない。勘違いするのも無理はなかった。
「俺の名前は、攸貴、ゆきだおぼえとけ」
――ゆき、兄ちゃん? 変わった名前だね、女の子みたい。
「カジとかクジも俺の国では十分変わった名前だよ。それから女の子みたいは余計だ、ほっとけ」
目の前のアスクリア達がにこやかに攸貴のコトを見守る中で、彼は律義に自分の中に居るカジに話しかけていた。どうやら、アスクリアにはカジしか見えていないらしい。
――あのね、ゆき兄ちゃん、ボク、全部聞いてたんだ、兄ちゃんの中から。『なんがい』の言ったことも、兄ちゃんの言ったことも。
「おい、それって……」
カジの告白に、攸貴は焦った。全部聞いていたと言うことは、もう、自分たちが助からないということも知っていると言うことだ。胸の奥で、カジが笑ったのがわかった。
――うん、ボクが死んじゃってるのも、母ちゃんも父ちゃんも、クジ兄ちゃんも助からないのも知ってる。だからね、兄ちゃんにお願いがあるんだ。
諦めたような声音が頭に胸に響く。アスクリア二体は、笑ったまま見守っているだけだった。
――ボク達を、助けてほしい。
思いつめたように告げられた内容を理解できないほど、攸貴は鈍くできていなかった。
「お前、助けるって……それってつまり……」
――兄ちゃんが、殺したくないっていうのは、分かるんだ。あんなふうに言ってくれて、嬉しかった。でも、兄ちゃんの思い出を見てたら、『なんがい』がああいう風に言うっていうことは、きっと本当に無理なんだって分かったんだ。
南街が言った言葉と言うのはきっと、もう戻すことができないという旨の言葉なのだろう。そして思い出とは、攸貴の記憶のことだ。
「でも、死んじまうんだぞ、お前も、母ちゃんも父ちゃんも……!」
――それでも、あんなふうに苦しませたくないんだ、もう、誰も。
体を操られて向けられた視線は、転がっていた首だった。その表情には相変わらず苦悶が刻まれている。
――父ちゃんや母ちゃんを、あんなふうにしたくないんだ。お願いだよ、兄ちゃん。
カジの言葉を聞いて、父と母を見れば、二人は相変わらず穏やかに笑っていた。けれど、その瞳から一筋涙があふれていることに攸貴は気付く。
きっと、死にたくはないのだ。生きたいのだ。でも、でも――、
人として、死にたいのだ。
「わかっ……た」
絞り出した声は、みっともないほど震えていた。
クジに向き直って青い杭を握る。バチリと電光が光ったが、攸貴は気にしなかった。引き抜こうと力を入れると、杭が抵抗をして攸貴を押し戻す。
その痛みに、思わず手を引いてしまった。
――兄ちゃん、大丈夫!?
「ああ……こんくらいへっちゃらだ」
クジは体を打ち抜かれた。カジは、ナイフで刺された。村の人々は、強制的にアスクリアにされた。自分の状況なんて、これっぽちも苦ではなかった。
しかし、今のままでは杭は抜けない。どうしたものかと攸貴は考える。その時、一つのコトを思い出した。
「カジ、たしかお前、一回クジに抱きつこうとしたよな」
――え、ああ、うん。
「その時、お前の周りにおんなじ青い光が纏わりついてたの、覚えてるか?」
――そういえば、そうだったかも……。
あの時、カジにすりつくように纏わりついていた電光は、まるでカジを守るようだった。しかし、自分や幹が触ってもただはじかれるだけ。
『リュジィが対アヤセ用に異能者やその能力で操った端末を近づけない細工を『核』にしたいって――』
同時に、あの男の言葉も蘇る。もしもそうならば、もしかしたらもしかするかもしれない、と攸貴は思った。
【毒の雨】と呼ばれるカジの能力の中にはアヤセの通信端末を無効化する仕組みがあるらしい。しかし、先ほどトランシーバーは使えた。もしもアヤセの通信端末を妨害電波によって阻止しているのならばトランシーバーも使えないはずだ。
つまりあの時、カジにクジの青い光が移ったと考えるのが妥当だろう。
それならば、イケるかも知れない。
「カジ、俺の体使え」
――え!? でも、ボク前にはじかれちゃったよ!?
「それでもいい、大丈夫だ。俺の体にはあいつ等の仕掛けは多分効かない」
『抜かれる』ということに対して拒絶反応があっただけで、攸貴が触っただけでは何の反応もなかった。ならば、自分の体を使えばある程度は持ちこたえられる。
――兄ちゃん……。
「一緒に、こいつを抜いて、兄ちゃんや母ちゃんたちを天国に送ってやろうぜ」
そう言って青い杭に手をかければ、視界の半分が黒くなったことに気付いた。カジが、自分の意識にまで侵食し始めたのだ。
――うん、いくよ!
そう言って攸貴の杭を持つ手に力が込められる。徐々に抜けて行くにつれて、杭から青い電光が走り、攸貴をむしばむが、同時に攸貴の体から発せられた電光がそれを打ち消した。
ズッズッ、と音を立てて抜けて行く杭に、攸貴の力もこもる。
「いけぇええええ!」
雄たけびを上げたと同時に、杭が、勢いよく抜かれた。
村に、振動が伝わった。
「なに、この揺れ……!」
玄関先でアスクリアを倒していた幹を襲った巨大な揺れに、思わず負傷した足が痛みその場に倒れこむ。しまったと思い防御の体勢を取るが、いつまでたってもアスクリア達の追撃はない。
「な……」
幹の足元で、先ほどまで意気揚々と自分を襲っていたアスクリア達が倒れて行くのを見て彼女は呆然とした。
そして、その元凶が家の中に居る自分の部下だということにすぐ気がついた。痛む足を叱咤して全速力で走る。
「木偶っ、あんた、なにやって……!」
既に底を尽きかけていた体力で更に走ったせいで息も絶え絶えな幹の前に広がった光景は、あまりにも衝撃的なものだった。
倒れる二体のアスクリアにそっと手を添え、まるで成仏を祈るかのように目をつぶりながら涙を流す攸貴の姿。それは、一つの決意を秘めた儀式のようにも見えた。
攸貴の姿を見て、彼が自分自身で全てを決めたのだと知った。
「南街、さっきはごめん、我がまま言った」
攸貴が目を開き、しっかりと幹を見据える。それは、一人の戦士の表情だ。
――あたしは、あの時夢をあきらめたけれど
この男の中には、まだそれを愛する心が残っているのだと思うと、少しだけ救われたような気になった。それも、ただの願望でしかないのだが。
「……構わないわ、あんたが、それを決めたなら」
構わなくなんてなかった。本当はあそこで逃げてほしかった。この場所で悪戯にすり減っていく命を見捨てないでほしかった。夢を捨ててでも、生き伸びてほしかった。
それでも、この男の心はきっと変わらない。
攸貴は、無言で手袋をとった素手を差し出した。その瞳から流れる涙は止まらない。
幹は、同じ様に手袋をとって彼の手にそっと手を重ねた。これは、彼自身が決着をつければいけないことなのだと、知っていた。
「じゃぁな、カジ……」
すっかり鼻声になってしまった声は、彼の胸の中へと収まった。
一人の青年の手が、「どんなアスクリアをも殺す能力」を発揮するために、彼自身の胸につく。
声は大人しく呟かれた。
「目標、『カジ』――――能力、……解除」
その日彼は初めて『人』を殺した。
Even if your dream is fleeting even
【たとえ君の夢が儚くとも】




