【 Epilogue 】
最終話になります。どうか最後までお付き合いください
【 Epilogue 】
軽やかなアルトボイスが荘厳な執務室に響く。
「――――秋房攸貴により、今回の事件は収束しました。また、【毒の雨】の生態データもアヤセに送っておきましたのでそちらをご確認ください」
彼女の声は目の前の女性に注がれていた。
黒い髪が美しい女性は、大胆にもその髪を肩口で切り落とし、こけしのようなおかっぱにしている。
同色の瞳が、幹を見て微笑んだ。
「アスクリア【毒の雨】は、寄生型アスクリアでありながら東井達『金の蛇』の実験結果でしかなく、ルーチサンス村のアスクリア達の生命源である『核』だった。しかし制御が甘かった【毒の雨】は暴走し、第四大部隊楮隊員から秋房攸貴に乗り移り、その能力を仕方なく使って消滅させた……筋は通っているが、少しばかり出来過ぎていないか? 幹」
大部隊軍団長閣下、氷宮蓮の言葉にも幹は動じずに首を横に振った。
「いいえ、私の言葉に虚偽はございません」
「そうか、ならいいんだ」
蓮は笑顔を深めた。
「では、失礼します」
「ああ、病み上がりなのに御苦労」
一礼して去っていく幹を蓮は咎めることはなかった。
しかし、横に待機していた幹の養父である綾槻優婉は苦い顔をしていた。
「ありゃ絶対嘘付いてますよ、閣下。それも軍法会議モノの」
「ばれてないなら良いじゃないか。無駄な詮索はよせ。嫌われるぞ」
「ですが……」
「優婉」
なおも食い下がる王国最強の異能者に、蓮はティーカップを差し出した。
「私はオレンジペコが飲みたい」
「……かしこまりました」
娘が心配で仕方のない親バカは、繊細な柄が施されているティーカップを受け取ってため息をついた。
‡
「みーきっ」
「あらアヤセ」
美しい回廊を歩き、第零大部隊の隊室がある地下へのエレベータに乗ろうとしていた時、後ろから声を掛けられた。振り返ればそこに居たのは同僚であり第一大部隊隊長のアヤセだった。
美しい白い髪には幾筋もの桃色のラインが入っており、相変わらずその見た目に似合う可愛らしい服に身を包んでいる彼の性別は、男だ。
彼は甲高い可愛らしい声を響かせながら、20cm近く離れている幹の顔を見上げながらニコリと笑った。
「解析、終わったよ」
「あら早いのね」
「そりゃぁねー! 幹が持ってきてくれてから三日三晩寝ずに解析してたよー」
「ああ……だから軍内の設備がやたら調子悪かったのね」
「てへぺろ☆……まぁ、そこまでは冗談として、やっぱりあれはすごかったよ。ボクが作った探査機や『フェンリル』の拒絶反応、全てがシミュレーターに組み込まれてた」
「代金は足りたかしら?」
「おつりがくるくらいだよ! ……それから、あの周辺に【毒の雨】に作られたミディアンが集まってたのは、【毒の雨】の意識が村を守るためだったっていうデータが出たよ。よほど、村が大切だったんだろうね」
「そう……」
返答するアヤセに幹はにこりと笑った。
任務終了後、ほどなくして村は土砂に埋まった。原因は第零大部隊幹部三名がもろい土の上ではしゃぎまくっていたせいだ。ルーディが爆破した爆弾が、土砂崩れを起こし更に黄優やルヴィアの鬼ごっこがダメ出しとなった。
幹と攸貴が生還した後だったから良かったものの、あと数分遅かったら死んでいたところだった。
村全体が埋まるような大規模な土砂だ。そう簡単に掘り返すことはできない。よって、中で何が起きていたのかを探るためにアヤセの探査機が使われたのだが、それだと幹や攸貴にはまずいものがあった。
村には人面のアスクリアが倒れている。それを発見されたら攸貴が『人からアスクリアができる』ことを知っているとばれてしまう。
上層部からしてみたら秋房攸貴も十分部外者なのだ。それがばれたらこれからの任務に支障が出るし、最悪攸貴のみ幽閉ということも考えられる。
そのために、幹はアヤセに賄賂を渡した。
賄賂と言ってもお金ではない。金ではアヤセは動かない。
あの、青い杭を渡したのだ。アヤセは見た目に似合わないほど研究好きで未発見のことにとても興味を示す。今回、アヤセは自分の探査機が役に立たなかったことをとても腹立たしく思っていて、それを妨害した手立てを教えると言えば簡単に食いついた。
……まさか、事情を全て話しただけで情報改竄から攸貴の能力発動に至るまでの経路のアフターケアまでやってくれるとは思わなかったが。世の中の政治家が金に目が眩んで汚職をするというのはこういうことなのだろうか。全ての政治家がそうでないことを祈る。
「そう、それは良かったわ。また頼むことがあるかもしれないから、その時はよろしくね」
ちょうどエレベーターが来た。口を開けるように大きく開いた扉に足を踏み入れる。
「幹っ」
ドアを手で押さえて、アヤセが幹に迫った。表情は真摯で先ほどまでのふざけた様子を一切感じさせない。
「なにかしら、アヤセ」
「気をつけてね」
アヤセから返ってきた言葉は、予想だにしないものだった。
「なにをよ」
「攸貴だよ。秋房攸貴。君の入れ込み方は、少し危険だ」
彼の表情は忠告をする親のようであり、心配をする友のようでもあった。幹は、彼の言葉を黙って聞いている。
「これじゃぁあの時とおんなじだ。君はまるで進歩していない。相手がアイツから攸貴に変わっただけだ。きっと、また同じことを繰り返す」
アイツと言われた途端、幹の表情がこわばった。きっと、自分でも自覚していたに違いない。このままではまずいのだと。
「あの青い杭は嬉しかった、東井のことを攸貴が認識したのは誤算だったけど、進歩だと思う。でも、君がこれ以上攸貴に関わったらきっと、取り返しのつかないことになる!」
幹の脳裏に赤い炎が舞いあがる。たくさんの人が負傷し、それでも戦った。全ては、自分のせいだったにも関わらず。
『愛してたよ、幹』
青い髪のツインテールと一緒に消えた赤い残滓が胸を締め付ける。けれどその悪夢はすぐに消えさり、ただ一つ見つめるあのこげ茶の瞳が思い出された。
「……それでも、アイツは戦うって言ったのよ」
戦うということはつまり、戦士として生きるということだ。それを良しとしたあの男の目に、嘘や偽りはなかった。今の幹には、それを信じるしかない。
「――――君は、本当に馬鹿だね」
しばらくして、アヤセが諦めたように言った。扉から手を離してエレベーターから離れる。
「疲れたらこっちにおいで。全部、忘れさせてあげるよ」
苦笑した彼は愛らしい顔をでありながら、精悍な顔つきで幹を見つめていた。
エレベーターの扉がしまり、独特の浮遊感を伴って降下を始める。幹はずるずると壁伝いに床へと座り込んでしまった。
「マセてんのよ、バーカ……」
どうにも、泣きそうなほどに嬉しかったらしい。目頭が熱くなった。
当たり前の顔をして第零大部隊の隊室へと入れば、盛大なクラッカー音で出迎えられた。
「南街隊長退院おめでとうございまーす!」
ルヴィアの言葉に、ああ、そういえば自分は先ほどまで病院のベッドの上で寝転がっていたのだっけど思い出した。
どうにかして帰ってきた幹の体は、思ったよりも重傷ですぐに緊急入院と手当が施されたのだ。第一大部隊の特別医療班班長には良く生きて帰ってこれたねーと感心された。
内臓がいくつかやられていたらしいが、今の復元技術で元通りだ。
「ありがとう。よく知ってたわね」
「ゆゥ君がネ、教えテくレたンだヨ」
「木偶が?」
「そーそー。なぁんか今日アイツ退院なんだぜ! って言っていっちばんはしゃいでたのになぁ、なんかあったかぁ?」
「そう言えばまだ来てませんねぇ……」
ルーディとルヴィアがそういって心配そうにする。この二人がこんな表情をすることができるなんて、幹は知らなかった。しらずと、笑顔になる。
「うぉ、隊長なんかすっげーきもちわりー表情してんぞ!」
「うるさいわね、あたし、木偶を探してくるわ」
とりあえず文句を言ってきたルーディに拳を一つお見舞いして幹は大部隊執務室を出て行く。
「行っちまったな……どうしたんだアイツ。なんかやたらご機嫌だったぞ」
「本当に……良いシナリオのゲームにでも当たったんでしょうか……」
「そんな、おめーじゃないんだから……まぁ、こないだのゲームのサントラは神だったがな。あれがお気に召したんじゃないのか?」
「あれはストーリーが良いのであって曲はそこそこですよ。それだったら以前やったMemory Heartの方が……」
「確かにあれも良かったがな、ピアノの音程が今一好みじゃないんだよなぁ。それにあれはキャラクターが可愛いだけだろ」
「えー。あの絵師さんの絵、僕苦手なんですよねー」
二人が続ける会話に、黄優は笑って未処理の書類に手をつける。あの二人の邪魔はしない方が良いだろうという親心だ。ちなみに書類は三人が遊んだ結果土砂崩れを起こした件の始末書だ。筆跡を変えれば三人分くらいかけるだろう。
音楽とゲームで完全に会議になっている二人を尻目に、黄優は書類にペンを走らせた。
「いやァ、平和だネェ」
「あら、やっぱりここに居たのね」
幹がやってきたのは、第零大部隊専用の訓練施設だ。幹の元を離れて攸貴がやってくるとしたらココくらいしかなかった。
攸貴は、ボロボロの体で訓練施設の床に寝転がっていた。ぐったりとした様子を見るに、疲れきって寝てしまったのだろう。幹は攸貴の頬をつつくが反応する様子はない。
「……あたしが帰ってきたっていうのに」
ぼそりと呟いた言葉はどこか拗ねていることに気付いて、幹は慌てて脳内の自分に突っ込む。
「いやいやいやいや、おかしいでしょ、今の、おかしいでしょ!」
ぶんぶんと腕を振ってみるが、自分の頭から行きすぎた思考は消えない。
やはり、アヤセの言うとおりに入れ込み過ぎているのだろうか。自分でもその自覚はある。攸貴をあの男と重ねている自覚はあるのだ。そしてそれが破滅を導くものだと言うことも。
「……大丈夫、木偶は、他人、他人……よし」
自分に言い聞かせて攸貴を改めてみれば、彼は眠っているままだった。その表情に心臓がドクンドクンとはならない。どうにか成功した様だと、幹はほくそ笑んだ。
「……あたしも、疲れちゃったな」
独り言をつぶやいて、攸貴の横で丸くなる。なんだかやりきった感があるだけにとても眠いのだ。
しばらくして、規則正しい寝息が聞こえてくる。訓練施設に、二人分の睡眠スペースが出来た。
それから三時間後、遅いと思って見に来たルーディとルヴィアが二人を写メで撮ったところで目を覚まし、制裁を加えるまで二人が起きることはなかった。
Do you see off a baby flying away?
【君は飛び立つ幼子を見送るか?】




