【 Even if your dream is fleeting even 】
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つい何百年か前から、数を減らしていたアスクリアの被害が急激に跳ねあがった。その頃から行方不明者が増え、東井という一つの脅威とも向き合うようになっていった。
それから何十年か経って、現在の『サラマンドラ王国』の基盤になりつつある『サラマンドラ帝国』で一つの事実が発覚した。
ある日とある大部隊隊員が持ってきた奇妙だと言うアスクリアのDNAが以前行方不明になった若者と一致したのだ。
そのことから、軍上層部では東井が人間さえもアスクリアにすることができることを知られ、同時に危機を知らせる警鐘が鳴らされた。
――普通の大部隊隊員に人間から派生したアスクリアを倒させたら、精神的ショックで何を喋るかわからない。
一番懸念されたのはこのことだ。
東井の能力自体は軍内部に知れ渡っているだけに、人間がアスクリアになる可能性を懸念している者は多い。そんな者達に人間から派生したアスクリアを討伐させれば、耐えられずにマスコミなどに話してしまう者が出てきてしまうだろう。
それを解消するために、一つの部隊が造られた。
名を、第零大部隊。
経歴は一切問わない。代わりに、表舞台からいなくなってもいい者しか入ってはいけない。そして、死んでも誰にも言ってはいけない、墓や記録に残る葬式はしてはいけない。街を出歩くのにも許可は必須。自由な時間は例外を除いて許されない。
人権の全てを剥奪されたようなその監獄の部隊は、時を経て存在する形を変えて今のこの世に存在している。
人殺しのための部隊、それが、この部隊なのである。
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幹が鮮烈な赤を紡ぎだしている中で、攸貴は呆然とすることしかできない。攸貴は今までに、何十体ものアスクリアを倒してきた。それも第零大部隊の任務の中で。
「――っ、うぇ……っ、おえ……!」
任務の数だけ人を殺してきた。そう思っただけで、攸貴は吐き気が止まらなくなった。胃の中の物を全部出しても、嘔吐感はおさまらないで彼を苛み続ける。
「なんっ……で……」
「自分のやってることは、正義の所業だとでも思ったの?」
床にうずくまる攸貴に、幹は厳しく言葉を浴びせる。更に向かってくるアスクリアに対して止まるコトの無い斬撃をしかけながら、攸貴を背にその体勢を崩さない。
彼女にそんな無茶な戦闘を強いているのは自分だと言うことは分かっていた。分かってはいても体が動かない。理解していても頭が拒絶する。
「元には、もどせ、ないのかよ……!」
「それが出来るなら。あたし達はとっくにやってるし、なんども試みてるわ。それでも……出来ないことは、存在するのよ」
頭上から落ちてくるアスクリアに対して一閃。首だけを器用に刎ねて付着した血を払い、次の相手へ一撃を喰らわす。
攸貴の足元に、首が転がってきた。まだ人の首だ。苦悶の表情で、攸貴を睨んでいる。攸貴は視線をそらして目を瞑った。
「木偶! 早くその杭を抜きなさい!」
「イヤだ!」
厳しい命令に、しかし攸貴は首を横に振る。それが逃げだと言うことは自覚していたけれど、そのことをできるほど、彼は人の生に関して無関心ではいられなかった。
「できねぇよ……もしかしたらこれ抜いたら、みんな死んじまうかもしれねぇんだろ……? まだ、人の顔してるじゃねぇか、まだ、人間じゃねぇか、なんで、なんでそんなことしなきゃいけないんだよ!」
幹からしてみれば、素人の戯言だろう。それでも怖いのだ、恐ろしいのだ。これが人だと認識したうえで殺してしまうのは、おそらく自分の人生全てを否定してしまうことなのだ。
平和な世界で優しい人たちに囲まれて、当たり前の日を過ごしていた青少年には、あまりにも酷な現実だった。
「……そんなことも、あったわね」
しかし幹は呆れることはしなかった。ただ、頷いた。
流れる斬撃の合間に紡がれた言葉は攸貴に届くことはなかった。ただ幹の脳裏で、血まみれになった幼い自分が泣いているのが思い出された、それだけだ。
人の顔が迫ってくる。一瞬だけ、そのことに胸が痛み斬撃が緩む。
「しまった……! 木偶!」
幹の刀の間をすり抜けて、二体のアスクリアが攸貴の元へと行ってしまう。急いで切りつけようとしたが、その後ろから来ていたアスクリアに足を取られて叩きつけられる。
「がっ……!」
「南街!」
背中を強打したせいで動きが鈍った幹に、後続のアスクリアが殺到した。どうにかして幹を助けようとした攸貴が立ち上がるが、二体のアスクリアに阻まれる。それでももがいていると、アスクリアの群れの中から幹の声が響く。
「来んじゃないわよ、木偶!」
それは、必死さを伴った声だった。
「なっ……」
「あんたは、人殺しになりたくないんでしょ、それならなる必要はないわ。こいつらは全部あたしが片づける! だから、あんたはこの家から出てアスクリアの攻撃をひたすら避けてなさい!」
幹は、群れに刀を差し入れると、それに回転を加えて大量のアスクリアをなぎ払った。群れから生還した幹の服は所々食い破られていて、肩や足の肉が抉られている個所まであった。
「南街……」
「その二体は、敵意がないわ。多分未完成なのね。だから、早く逃げなさい。あたしは、この村のアスクリアを倒してから帰るから」
そんなことができるわけがない。今だってボロボロだし、なにせ全部で四百以上もいるのだ。能力の制限があるこの状況で、生きて帰れる保証はない。
それでも幹は退けなかった。たとえ命尽き果てようとも、ここにいなければいけない理由があった。
――人を死なせたくない、か。
自分が遥か昔に諦めてしまったその心を、彼はまだ持っている。この廃れきってしまった部隊の中で、彼の救済の心は、きっと部隊員の光になる。その心強さを、彼女は知っている。
『俺は、世界中でアスクリアになって苦しんでる人たちを、救いたいんだ』
――ねぇ、あたしも救えるかしら、まだ、間に合うかしら。
かつて自分の腹心の部下が言った言葉が蘇る。
「でも、そいつら俺の能力なら……!」
「……あんたの能力は、寿命をあたしに移すことによって発動してるのよ、使わせられるわけないじゃない」
「どういう……」
「言葉の通りよ。死にたくないなら、そのまま行きなさい。この量のアスクリアを一度に消したら、それこそその瞬間にあんたは死ぬわ」
能力の大小によって縮む寿命が決まったわけではないが、数百単位で存在するアスクリアを一度に消したら生活に支障をきたすレベルだろう。攸貴は、普通の少年だ。いくら身体能力を強化したところでそれは変わらない。そんな少年が、自分の命を使ってまで相手を助けようと思うはずはない。
この情報が嘘か本当かはまだ分かっていないが、彼の心を乱せるならそれでいいと幹は思った。向かい来るアスクリアをなぎ倒しながら、彼から徐々に離れて行く。
そして、5mほど離れた玄関で
「――カジ、の、お父さんと、お母さん?」
攸貴の呆けた声が、耳に届いた。




